時の流れで、空気になる【短編】

「なに?」


「指輪。あなた失くしちゃったでしょ?本店なら同じものがあるって言われて。
昨日、会社帰りに銀座に行ったの。
サイズも1つ落としておいた」


「…悪いな」


「仕事、無理しないで。身体は大事にしてね」


サツキは、じゃあね、といって、厚みのあるショルダー・バッグを肩に掛け直し、くるりと背を向けた。



久しぶりに見たサツキの白いうなじ。


羽根のような後れ毛が揺れるのを見て、なんだか俺はムラムラとしてしまった。








いつもの、680円カツ丼を食ったあと。

先輩は、爪楊枝を使いながら切り出した。


「なあ。栗原」


「なんすか?」俺は茶をすすった。


「俺よ、玄関ポーチの灯り、人感センサーにしたわ。俺が帰ったらパッと電気が点くんだ」


俺の口は開いたままになった。


「…なんでそれもっと早く思いつかなかったんすか」


「はは。まあな。小遣いも上げてもらったよ。
一気に1万アップの3万円!」


「…スゴイっすねー。なんか奥さんいいことあったんですか?」


「まあ、その…」


先輩は、少年のようにはにかんだ。





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