そのとき僕は
翌日から、あの人は桜の木の下に来なくなった。
僕は日課のようになってしまっていたので、もう考えることなく足を運んでしまう。朝、大学にいっていくつか講義を受け、それからお昼を食べると電車にのって帰ってくる。それからはここに。
だけど、そこには緑を揺らす一本の大きな木だけ。風も絶えて日差しが強くなり、老木にも新緑の世界がきて、錦の季節は完全に終わってしまったようだった。
僕は鞄からペットボトルを出して、とりあえずと喉を潤す。
彼女の手は温かかった。
それに、ちゃんとした影も重みもあったし、笑う吐息を感じることだって出来ていたのだ。
だけどこれだけ忽然と消えられてしまうと・・・。
僕はそっと木の下、根っこの盛り上がった草地を見詰める。
・・・本当に埋まってたら、どうしよう。
幽霊話が苦手な怖がりのクセにそんなことを考えてしまうのだった。
春の強い風に吹かれて舞い踊っていた桜の花びらは、乾いてかさかさと音をたて、細く小さく干からびて足元に溜まっている。これもそのうち土に還るのだろう。
僕は、ここで一体何を。
花見ついでの散歩客がいなくなった遊歩道も、すでに日常の穏やかさを取り戻している。大きくて古い桜の木の下で、僕は晴れ上がった青空を眺めていた。