そのとき僕は
バイト先の居酒屋はやはり忙しかった。だけど、歓送迎会で貰っていた予約が二つ消えたらしく、死にそうなほどではなかったのが救いか。アルバイトの身では正直、やたらと忙殺されるのはごめんこうむりたいのが本音だ、だって、時給だもん。
欠伸が止まらない程の暇も辛いが、息つく間もない接客は翌日まで影響する。
そんなわけでちょっとばかりの暇な時間に、代わる代わるで賄いご飯を掻き込むことになった。ここの店は昔女性店員に絡む客が多かったとかで問題になることが多く、今は基本的に女子がいないので、男ばっかで狭い場所で丼をがっつくのはちょっとうんざりする時もある。
華がないよね、やっぱり女性がいないとさ。
だけど、その華で思い出した僕は、一緒に賄いを食べていた先輩達に今日の話を振ってみたのだ。桜の木の下の、男の子かと思ったら女の子、のあの人のことを。
実際に体験したことでも、時間が経つと夢か幻かと思うことってある。今日のあの人との出会いはまさしくそれだった。だから、口に出して話すことで自分でも確認したかったのかもしれない。
現実、だったよなって。
「桜の下で女の子が寝てた?この寒いのに?」
「そうそう、しかもかなりの薄着でした」
先輩達は丼を掻き込みながら、僕を眺めている。
「目がね、ちょっと灰色というか・・・光の加減で変わるのかな~。でも最初やたらいい発音でサンキューって言われたからマジでビビりました」
あはは、と僕は笑いながら言う。すると一人の先輩が、口元についたご飯粒を舌で舐め取りながら言った。
「うおー、それってちょっとホラーだよな。桜の木の下だろ?昼間でも、ちょっと怖いかも~」