カットハウスやわた
「どうぞ」


心地よいシャンプーが終わると、大きな鏡の前に案内された。


「長さは、どうされますか?」


「……短く……切ってください」


私は、鏡に映る自分から目を逸らして、うつむいた。


「どれくらい短く?」


「お任せします……」


あとは、八幡さんに任せよう。私は、目を閉じた。大きな手が、自慢の黒髪に優しく触れる。シャキンと鋭いハサミの音がした。


さようなら、長い髪の私。
泣くのはあの夜で終わり。そう決めていたのに、自然と涙が零れた。


「お待たせしました」


思いのほか、早く終わった。
ゆっくりと目を開ける……。


……アレ……?


「五cmくらい切って、肩にかかる長さに整えました」


「短く切って……って……」


八幡さんのほうに顔を向けると、大きな目が、哀しげに光っていた。


「あなたは、誰のために髪を短く切ろうとしているのです?」


「誰のために……?」


「自分のため、ならば、泣く必要はないですよね……?」


私は、八幡さんから目を逸らして、大きな鏡をみつめた。大きな目が、鏡の中の私に訴える。


「浮気男のために……というのであれば、これ以上、切れません」


八幡さんが、ドライヤーで髪を乾かし始めた。ドライヤーの送風音を聞きながら、私は目を閉じた。



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