Dear・・・
その時、静かに玄関のドアが開き、香子が帰ってきた。


買い物袋の擦れる音などで、簡単に消える治の声が香子に届く事はなく、香子は今の治の状況を知らない。


そして、治も自慰に夢中で香子が帰ってきていることに気づいていない。


香子は買い物袋をキッチンへ置き、冷蔵庫へ食料を入れていく。


治が家にいるのは知っているが、声を掛ける事もなければ掛けられる事もない。


いつもの事だ。


冷蔵庫に入れ終えると、二階の治がいる寝室へ着替えるため上っていく。


座り続けのデスクワークに香子の肩はひどくこっていた。


治は暢気にパソコンでオーディションの情報でも探しているのだろうか。


そんな旦那の顔を見る事が憂鬱な香子の足取りは重く、階段を上る音も自然と太く響く。


その音に、治はやっと、香子の存在に気づいた。


急いでズボンを履き、パソコンの画像を消す。


用意しておいた適当なオーディション情報の記載されたホームページを開く。


画面は完璧。


しかし、治の昂ぶった欲望は隠しきれない。


香子が寝室へと入ってきた。
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