彼はお笑い芸人さん
「アホか。今すぐ取りに帰って来い」
えっ?
今すぐって言っても――会社自宅間を往復すると
「二時間以上かかりますけど」
「分かった、待ってる」
マジですか!?
「明日の朝、早く出社して……では駄目ですか?」
上司を二時間以上も待たせるなんて、あってはならないことだ。
しかも今日は水曜日、ノー残業デー。
「何、悠長なこと言ってんだ」
「間に合いませんか」
「期限の話をしてるんじゃない。元々金曜締めだと言ってあったからな、間に合わなくてもいい。誰が、社内資料を家に持ち帰っていいと言った? 顧客情報だぞ」
課長の厳しい口調にはっとした。
個人情報の流出がどうとかよりも、ただただ「期限内に提出すること」だけに神経を使っていた自分の愚かさに気付く。アホだ。
「すみません、今すぐ取りに帰ってきます」
深々と頭を下げ、ダッシュで家に向かった。
課長に言われるまで何の危機感も抱かず、持ち帰って家に置いたままだった「個人情報」
どうか無事でありますようにと祈りながら帰り、課長への申し訳なさで胸を詰まらせながら会社に戻って来たときには、九時前だった。
ノー残業デーということもあって、照明を節約した薄暗いオフィスで、英課長一人が残っていた。