この冬が終わる頃に
「帰れ。」

 もう大分、驚かなくたった。そこには、仁和がいた。
 コートをはおり、鞄を脇に抱えている。おそらく今から帰るのだろう。今日も相変わらず、全ての容姿が綺麗に整っていた。

「送ってやる、帰れ。」

 仁和の登場にすっかり萎縮してしまった甲斐田を、仁和は跳ねのけると、いつかと同じように私の腕を強引につかみあげた。
 抗いようがない、そう思わせるほどその力は強かった。

「仕事が、あるんです。」
「知るか、そんなもの。だいたい、この俺が迎えに来てやる前に終わらせとけ。」
「無茶言わないでください。」
「無茶ねぇ。そこのお前!」

 そう言いながら、仁和は岡田を指さした。私の前のデスクで仕事をしていた岡田は、突然のことに数回の瞬きで返事をした。

「里菜実の仕事、やっとけ。承認のサインが必要なものは、分類ごとに分けとけ。それから、デザインの修正なんかは、出来るだろ?」
「企画書なんかは?」
「そんなものをギリギリまで書いてないほど、里菜実は馬鹿ではない。」

 そこまで言い切る仁和が信じられなかったが、確かに企画書の部類は余裕をもって作る主義だ。
 岡田はそんな私たちの姿が可笑しかったのだろう、にやりと頬を緩めながら、

「了解しました。愉快なもの見せて貰えましたし、桐島さんに頼ってもらえて何よりです。ゆっくり仁和さんに送ってもらってください。」

 至極楽しそうに、言った。出来過ぎた部下だ、岡田は。
 仁和は、私のデスクの上の物を適当に私の鞄の中に詰め込み、その鞄と私のコートを抱えて、私の腕を引いた。

「だそうだ。帰るぞ。」
「はい。」

 私に、そう言わせるなんて、仁和は凄い。

「あの、先輩っ。」
「どけろ、ガキ。」

 何かを言いかけた甲斐田を、仁和は追い払うと、私の手を引いて前を歩き出す。

「じゃぁ、岡田くん、甲斐田くん、あと、お願いね。」

 ひらひらと手を振る岡田に後を任せて、私はそのまま仁和の車に押し込まれた。
 ピアノのような真っ黒な光沢を放つ、背の低い車。
 いかにも仁和らしい。そう思ったのもつかの間、すぐにエンジンを掛けられた。
 助手席に座らされ、隣でコートを脱ぐ仁和に目を奪われる。いちいち、所作までも綺麗に整っている。
 そのコートを身体にかけてもらい、仁和はハンドルを握った。
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