彼方の蒼
 倉井先生は今頃、どうしているかな。

 学校に行けばあたりまえに会えていた。
 そうじゃなくなる日がくることを頭では知っていても、どういうものか想像が追いついていなかったんだ。

 世の中から完全にいなくなったわけじゃないのに、同じ街のなか、それもあの中学校にいるとわかっているのに、僕の生活圏にいないというだけなのに。
 ただそれっぽっちのことなのに、圧倒的に足りない。失ったかのようだ。
 姿が見えなくて、声が聞こえなくて、もういっそ先生の元に駆けていきたくなる。
 カレンダーを確かめるまでもなく、最後に会ってからまだひと月ほどしか経っていなかった。

 会いたいとメールしようにも、画面を開いて頭をよぎるのは倉井先生のひとことだった。
"ちょっと重い気がしてきました"
 軽いノリの惣山春都が求められているのなら、会うに会えないじゃないか。
 卒業式の日に撮った、先生も交えたクラス写真を眺めては口を堅く結んだ。
 ……会いづらいな。


「好きだと思える相手がいるのは素敵なこと、っておれが暗記するくらい繰り返していたヤツはどこいった?」
と、カンちゃんは言う。
 ここにいます、と僕は小さく挙手をする。
 厳密には、好きだと思える相手があるのは、だけど。

「会わなければ振られないと考えている臆病者もここにいます」
「記憶は美化されていくぞ。美化された相手でいいなら、おれはなーんもせずに傍観者でいるからな」

 高校でも柔道部に入ったカンちゃんは、部活のない日も地域の道場に顔を出している。
 そうとは知らずに家を訪ねた僕を追い払わずに部屋に上げてくれたのがうれしかった。
 ゆっくりしていけばいいのに、とカンちゃん家のおばさんは言ってくれたけれど、道場に向かうカンちゃんと一緒に小柳家をあとにする。

 家に着くなり写真を広げた。
 倉井先生は変わらなく美しい。
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