彼方の蒼
 僕はここに至るまでの経緯を話した。
 暗い部屋に、ひとりたたずんでいた母。
 冷蔵庫のなかの黄色い明かり。
 何度やってもうまくいかない、ブーツのひものちょうちょ結び。
 僕と母とが向かい合ったときの空気の乾いた感じ。
 花びらくらいに小さくちぎられた、離婚届のコピー。
 肝心なときに使えない携帯電話。
 風の速さで走る自転車。 
 それから、後になってわかった、父との別れ。
 すべてが断片で、なのにすべてが僕の過去だ。

「お母さんの旧姓は?」
 先生が言った。
「……シラナイ」
「え? 不知火(しらぬい)?」

「――って、どこの相撲部屋だよ!」
「あ、ごめんなさい」
「いや別に……謝ることもないけど」
「……ごめんなさい」
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