彼方の蒼
 閑静な住宅街のなか、一軒だけ、部屋という部屋すべてに明かりが灯っていた。
 クリスマスツリーみたいだ——住人がひとり減ったとは、とても思えない。
 僕はなんとはなしに、我が家を見あげた。
 
 考えてみたら、この光景を目にしたのは初めてだった。
 家族が少ないのに部屋数はやたら多いし、母の出勤時間は夕方だから、こんなにたくさんの電気をつけることはなかった。
 外に出て、それを眺めることもなかった。
 誰かの帰りを待つ——そのためだけの無数の明かりが、好ましかった。
 僕はそうやってしばらくそこに佇んでいた。


「春都っ!」

 仕事のはずの母が玄関から飛び出してきた。
 自転車を倒す勢いで僕にしがみつき、また僕の名を呼んだ。
「春都っ!」
 母は泣いていた。
 ずっと泣いていたのか、急に泣き出したのかはわからないけれど、とにかく今、泣いていた。

「あんたまでいなくなったらって、ワタシ……ワタシ……わああああ」

 声をあげて泣いていた。あとはもう言葉にならなかった。
 肩を揺すって息をして、泣いていた。震えていた。
 顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしていた。髪も乱れていた。
 玄関のそばにサンダルが片方落ちている——母はサンダルを左足しか履いていなかった。
 こんなに取り乱した母は見たことがなくて、それだけ僕を心配していたんだと思うと、こっちまで泣けてきた。

 痛いくらいに締めつけてくる、僕の背中にまわされた両手。
 あごに触れる母の頭は濡れてもいないのに冷たくて、つい今しがたまで家の外にいたことを示していた。
 きっと、家じゅうの電気をつけて、僕を探しに出かけていたんだろう。
 僕を出迎える人は他にいない。せめて、誰もいない家から『おかえり』を言ってもらえるように。

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