彼方の蒼
 委員長は僕のことがわからないと言っているけど、僕も委員長がわからない。

 そこまで干渉してなんになるの? と言いたいけど、言えない。
 弁論大会やったら敵いっこないし……。

『たとえ敵わなくとも立ち向かうのさ。それがお互いのためだから』なーんて、カンちゃんと対峙したときみたいに熱くなれない。

 
 なのに委員長はわが意を得たりとばかりに笑った。

「ソウヤマにも受験生の自覚があるってわかって、安心した。学級委員としては、クラス全員が……」

 さっきのキッチンでの語りの繰り返し。
 だから、割愛。

 デッサンを手土産に、委員長は意気揚揚と帰っていった。


   ◇   ◇   ◇ 

 すっかり振りまわされた僕が、かばんの奥でくしゃくしゃになっている反省文用原稿用紙に気づいたのは、休み明けのことだ。

 それも放課後、帰ろうとして教科書をしまうまで、思い出しもしなかった。

 机のうえで広げて、アコーディオンのジャバラみたいになっているそれを伸ばしていると、カンちゃんが声をかけてきた。

「おいハル。反省の色がないって言われても、それじゃ弁解の余地がないぜ」
 僕の隣の空席に座って、ニヤニヤしている。

 僕は言った。
「そしたら『僕のパレットには反省の色はありません』って答えるよ」

「おーナポレオン!」

「まあね」


 ――土曜日の自主学習を除けば、僕の登校は乱闘以来だ。

 ガーゼを取ったから、残っている傷跡が生々しい。パッと見て、あとずさりするやつもいた。

 けれども、僕への風当たりはそう悪くはなかった。


 隣の席の女子は始業直前に、教科書のどのページまで進んでいるか、教えてくれた。
 最前列、しかも教卓のまえだから、教科担任がその都度、声をかけてくれた。

 僕はおかげさまでとか、だいじょうぶとか、馬鹿のひとつ覚えみたいに繰り返し、どんどん申しわけない気持ちになっていった。
 だから、今さら反省文なんていらないんだ。本当は。


 ただ、カンちゃんのために僕が行動したほうがいいと思った。
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