印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」

さらばじゃバンコク

1974年1月26日 おお、きょうも暑いわ。

さあ、チケットも取れたし家に電話するか、約束だしな。

日本大使館に行って、向こう払いで日本に電話したいって
頼んだ。係員がロビーの電話まで付き添ってくれて、
交換手につないでくれた。親切だね。

あ、もしもし、俺だけど。

「ああ、元気か。今そっちは何時だ?」

親父の声だ。顔が浮かぶ。

こっちは今11時です。

「おおそうか。じゃ時差は2時間か。どうだそっちは、
暑いか?切符はとれたのか?」 

こっちは30度です。28日の飛行機がとれました。
香港経由で31日に羽田に着きます。

「そうかよかった。気をつけて帰れよ。おかあさんは
今買い物行ってるから、今夜あとでもう一回電話しなさい」

はい、じゃ8時過ぎにかけます。


・・3年前の冬。ロンドン行き決めて、2年前の冬、ロンドン
行きます宣言。あんとき親父はコタツで一杯やりながら、

「俺はお前の歳に戦争に行った。全く平和な世の中になった。
死んでった戦友達のお陰だなあ」

説教じゃなく、自分に言い聞かすようにしみじみ言ってた。

親父の終戦はフィリピン、24歳だった。
お国の為、赤紙一枚で戦争に行かされた親父。

俺は脳天気にヒッピーだって、好き勝手なセガレ。
今考えれば、一発ぶっ飛ばしたかったんじゃねえかな・・・

俺も親不孝もんだ・・っひっひ すいませんです。


さーて、きょうもお手伝い行くべえ。約束だからね。

お茶2杯と焼バナナ2本買ってエージェンシーへ。 

事務所は冷房弱いから暑い。

おやじ! ねえちゃん!来たよ。ローンローンね。
うっしっし、米山さんの真似してタイ語で挨拶。

おやじさん、どう、160のチケットできた?

「おお、できてるよ。 はい、サインして」 

おお、早いな。

キャッシュで160$払ってチケットもらった。
香港経由羽田行き・・・これで帰っちゃうんだ。

そんで普通の人に・・・なっちまうのか。


おやじ、今度水谷って男が来るから、俺と同じ様にさ、
安いチケット頼むよ。俺の親友、戦友なんだ。

「OK。気をつけて。米山さんによろしくな。
またバンコク遊びに来いよ。ここに寄れよ」 

ありがと。おやじも元気でな。
おねえちゃんも、ありがとさん。


ホテル帰ったら水谷が部屋に来た。

日本人の友達二人がバンコクに遊びに来てるって。
インド行って帰国の途中らしい。

じゃ、そいつ等の宿行って飲もうぜ。

二人でマレーシアホテルへ行く。
俺等タイソンよりランク上のホテルだ。 

俺等と同年配の野郎が二人居た。

シタール買ってきて弾き方も知らねえって。
俺はインド教授直伝だぞ。教えてやった。

インドやネパールの話、草の話、自慢話・・・

なんだこいつ等、モノホンじゃねえな。
ただの観光だ。

退屈だな・・じゃ俺帰るわ。


一人出て、はじめの家に行く。今度はお袋も居た。
意外と若くて清楚だった。

「こんにちは。バンコクは暑いでしょ。息子が色々
ロンドンでお世話になりましたね。ありがと。

いや、こちらこそ。

「どうぞ、ゆっくりしていってくださいね」

ネスカフェ飲んでレコード聞いて、平凡パンチプや
レイボーイ見て、旅の写真見て・・・
あん時の、ロンドンの思い出話に花が咲く。

「おなかすいてない?」 

お袋さん優しいね。かつ丼とざる蕎麦出してくれた。

ひえ、こりゃすげえな。
 
「さあ、どうぞ。みんな日本から送ってもらってるのよ。
遠慮しないでいっぱい食べてね」 

美味いわ。忘れてた味だ。ざる蕎麦なんか絶対食えない。 
駐在って結構贅沢だな、エリートだもんな。 


美味すぎて食いすぎた。もう8時か。

ところではじめさ、お願いがあんだけどさ、
日本の家に電話したいんだけど、いい?

「どうぞ使ってください」 

お袋さん優しい。ありがとございます。 
交換手通して日本払いでかけてくれた。


「もしもし」 お袋が出た

・・・ああ、俺だけど、どうも。
  
声にちょっと時差がある。お袋、でかい声で話す。
遠いからって大声はいらねえ、普通に話せよ。

「聞こえる?今電話の前で皆で待ってたのよ。 
切符取れたの? 体はだいじょぶなの? 
ちゃんとした格好してるの?お金はあるの? 
ご飯ちゃんと食べてるの?病気してないの?
お餞別くれた人にお土産は買ったの?」
 
矢継ぎ早の質問、答えるヒマも懐かしがるヒマもねえ。

体だいじょぶな訳ねえし、ボロは着てる。
金はあるわけねえ。土産買う金あったら飯食うぞ。

俺りゃ坊ちゃん留学生じゃありませんよ。へへ
ま、正直にそんなこたあ言えねえ。

「心配ありません」 

次に弟が電話に出た。

えっ!お前弟か? 声変わりしてた。

日本出た時、奴は小学校4年。大人んなっちまったな。
 
最後に親父が出て、「気をつけて帰ってこい、買えたら
酒一本買ってきてくれ。 帰ったら健康診断行けよ」

はい。わかりました。


電話どうもすいませんでした。
それにお蕎麦ごっそさまでした。はじめ、ありがとな。

じゃあ、どうも。お世話かけました。


ひとり、暑い夜の町へ出て歩く。

あー、お袋の声聞くとなんかちからが抜けるな。

俺は、日本帰りたくねえんだぜ。わかんねえだろな。
お袋が想像もできねえ位すっかり変わっちまったんだぜ。


1月27日 なんとなくきのうは独り寝だった。

向かいの屋台で朝飯。いつものカウパットとバーミーナム。

しかしきのうのかつ丼、美味かったな。
・・・日本恋しくなってきたか、軟弱ヒッピーめ。

残りチェック70$、バーツが230。
香港泊って土産の酒も・・・なんとかもつな。よっし


昼、はじめが来た。日曜で学校は休みだって。
サンデーマーケット行きませんかって。

バンコク最後だ、行ってみっか。
水谷も中浜も誘って出かける。

バスで国宮広場。その隣にバカでかい市場がある。
埃っぽい広場にテントがいっぱい並んでる。
土日だけやるらしい。

なんせ、土地が広い。パッポンの30倍はある。
そんで、安い。なんでもある、生活品いっさいがっさい。

俺はおもちゃの指輪とポケットウイスキー、
水谷は南アジアの地図と、虫さされの薬を買った。

暑いし、腹減ったな。屋台で食おうぜ。

ロンドン寒かったよなって話しながら、
汗だらだらでラーメン食う。

おねえちゃんからかって、タダでスイカ食って。

夕方まで遊んで、大丸のサテンに涼みに行く。

「日本寒いってさ」 

そうだろな、1月だしな。

でもなんか、帰国って決まったらこの街もおねえちゃんも
名残惜しいな。金貯めて、絶対また来るぞ。あーあ 
帰りたくねえ・・・でも金がねえ。


ホテル帰ってシャワー。 

さあ、BK最後の夜だしな、張り切って行くかな。
下行って例の洗濯女を呼んだ。

ニコーッ! ご機嫌で走ってきた。

こないだは悪かったな。

「チガウ マイペンライ」

そうか、じゃあ。ウイスキーにコーラ入れて乾杯。
奴も張り切って・・張り切った。う-っひっひ


1月28日 6時。
奴はもう起きて洗濯終わってる。さすが。

で、最後のお勤め。汗だくできめて。

じゃあね、グッドラックってぬかしやがった。

うーサミシイ。


水谷の部屋に行って別れの固い握手。 
日本で会おうぜ、死ぬなよ。

今度は、次の目的地は無くて帰るだけ。
後ろ髪だぜ人生わ~ っか。


バス間違えて、空港にぎりぎりに着いた。
最終のチェックインで滑り込む。 

預ける荷物なし、手持ちのズタ袋ひとつ。
係員に怒鳴られて空港バスまで走った。

エアサイアム。これがそうか、ふーん・・・
さすが協定外の飛行機。落ちそうな雰囲気はある。


乗ったら空いてる。隣は居ない。悠々寝られるわ。

そんで、なんと旨い飯が出た。スチュワーデスもいい。
ビールも出る。景色見てるヒマもねえ。

安い割にゃ最高だぜ。旅行社のおやじにコップンカップだ。

ちょっとウトウトしたら、もうアナウンス。

「たばこダメ、便所ダメ、シートベルト閉めろ」

あ~あ、ついにバンコクも遠くなったか。


おお、噂通り。街なかのビル目指して降りる香港。
ぶつかるならあのビルだな。

キーン ドンッ! ホンコン着。
現地時間1時、正味2時間。

空港バスまで歩く。曇ってるしなんか寒い。

そんで税関は噂通り厳しい。

赤軍派のせいで日本人ヒッピー目つけられてるって。

税関野郎、顎で荷物開けろって。アフガン並みだ。
持ち物、机の上に全部並べてやった。 

草は皆にくれてやったし、ヤバイもんはなにもねえよ。
 
ツンパ2枚、Tシャツにピエロズボンにイスタンシャツ。
日記に地図に正露丸。煙草にライター、アフガンコート。

これで全部だよ、おっさん。
また顎でOKって言いやがる。ったく、クソ野郎。

インド以来半月ぶり、忘れてた税関通過。
 
空港出たらサミーっ! こりゃ真冬じゃねえか。

寒いとこ、高いとこ、狭い所は、でーえっ嫌れえだ。
2時間北へ来ただけでこんな寒いか。  

ちっきしょう! 香港着いちまったぞ。あーあ・・



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