印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」
1974年1月25日  まだ夜が明けてない。

「じゃ元気で、日本で会おう」 

はい、お世話んなりました。お元気で米山さん。
 
米山さん、5時過ぎにホテル出て日本に帰国した。

俺も起きよう。蒸し暑くて寝てらんねえ。
シャワー浴びて洗濯。洗濯女が懐かしい。ふっふ
 

部屋にツンパ干して下行くと日本人が3人コーラ飲んでる。

あれ! お前水谷じゃねえか。

カルカッタで別れた水谷と日本人ふたり。
昨日夜着いてここに泊ってた。
 
いやあどうよ、元気だった? あれからどしたのよ。 
ブッダガヤ行ったの?マレーは?

「いや下痢してさ、ずっとカルカッタに居た。 
そこでバンコクの噂聞いてさ、よさそうだしさ。
へへ、マレーの前に来ちゃった」

タニヤ行くって、やる気満々の水谷。健全な若人だ。
イスタン以来、禁欲禁欲の2カ月、無理もねえ。
 

屋台でラーメンとビールで乾杯。

暑いな。大丸でも行って涼もうか。

先輩面でトゥクトゥク止めて乗り込む。

お前また痩せたな水谷。ここは中近東インドとは全然
違う。町もまともだ。飯も旨いし一杯食って体力つけろよ。
まだこれからマレー行くんだろ?

「うん、そのつもりだ。金まだもつしな。帰国にゃ早い。
ところで、バンコクどっか面白い所ある?」

ま、パッポンとタニアかな。あとで行こうぜ。
 
俺よりひとつ若い水谷、二か月前イスタンで会った。
真面目な学生って感じだったが、今じゃもう心身共に
すっかりヒッピー。恐ろしき中近東摩訶不思議インド。

 
大丸の2階のサテン行って、俺はかき氷、奴はアイス
コーヒー頼んだ。

水谷、コーヒーって言うなよ・・・ひひ

「なにこれ? 間違えたんじゃないの?」

ひっひ、水谷、ここのはそれよ。

地球上でこれ以上甘い飲みもんはねえ。俺も飲めなかった。
パフェはやめた方がいい。アフガンの水より怖い。 
体が震える甘さだ。 無難なかき氷食おうぜ。 へっへ


奴も、似たり寄ったりの中近東だったらしい。
下痢して殺られそうなって盗まれて。

「4時間おきにお祈りするモスリムも、当たり前の顔して
金せびるバクシーシも、文化と習慣だね」 

奴も、しみじみ言う。

そうね、俺は文明だと思う。開化してねえんだよ。
ま、半径1キロの一生じゃ無理もねえ。

そりゃそれで幸せかもしんねえけどさ。
俺等は違いを見た。それだけでもよかった。
井戸のカワズじゃ人生面白くねえ。っはっは

・・旅の話してたが、俺には大事な仕事がある。

俺、1時から3時までちょっとさ・・・人と会うんだ。
7時にはホテル帰るから、そしたら遊び行こうぜ。


12時半の約束だ。 昨日の旅行事務所に向かう。

米山さん直伝の屋台行って仕入れ。
おばちゃん、俺のこと覚えてた。

何も言わず、お茶2杯と焼きバナナ2本。しめて2バーツ。
おばちゃん、あーりがとね。

おやじさんおねえちゃん!来たよ。
はーい、お茶どーぞ、バナナもどーぞ。えへへ

アメ公の客が終わってちょうど休憩。一服してたおやじ。

「はっは、ほんとに来たなおまえ。お茶ありがとな。
ところで160がでたよ」

えっ! ほんとかよおやじ。

まだ店手伝ってもいねえぞ。ラッキーだけどいいのかよ。

「これはエアサイアムだ。国際協定に入ってない会社だ。
乗客が少ないとディスカウントする」

あっそう。

「28日以降は、いつ出るか分らん。そんでな、
落ちても保障はないぞ。それでもいいか?」

隣で聞いてたねえちゃん、バナナ食いながらニコっ。

保障はどうでもいい。俺がもらうわけじゃねえし。 へへ
落ちるかどうかは運だけ、安いが一番。

でも28日か、あと3日か。も少しバンコク居たいしな。
でも160$か・・・どうすっか

ここは思案のしどころじゃん・・・うーん。

よし、おやじ、買うわ、買うぞ。

「OK。じゃ手続きするから明日サインだ」 

じゃよろしく。でもよ手伝いはちゃんとやるぞ。
米山さんの顔つぶすわけにゃいかねえ。

さ、ねえちゃんは昼飯に帰ったし、お茶とバナナ片づけて
テーブル綺麗に拭いて、前の道を掃き掃除だ。
レレレのレーっ 

日本人のヒッピー、アベックでご来店。
マレーまでの安いチケット探してるって。

おしぼり出して、はいどーぞ。

「あれ?日本人なの?」

はーい、そうですよー。ちょっと訳あってお手伝い中でっせ。
どうぞ安いチケット探してくださいな。うっへっへ


3時だ。じゃおやじ、きょうはありがとまた明日来るわ。
で、ちょっとお願いだ、俺の友達に電話してくれねえか。

はじめと大丸で待ち合わせた。

昨日と違うサンダルでリラックスはじめが君来た。

「きょうは開いててよかったですね。何頼むんですか。
ホットカフェにしますか。ひっひ」

俺さ、28日帰国になったわ。安いチケット取れたんだ。 
160でさ。 安いだろ?

「160? 安いっすよ、そりゃ安い」

お前、日本行く時いくらで帰るの。

「親父の家族チケット使えるから、よく知らないけど多分
300くらいじゃないすかね」 

そうだろ。160は安いよな。約半値だもんな。

でも帰国ってなんか寂しいぜ。2年近くヒッピーしてさ、
帰ったってあてもねえし、仕事もねえみてえだしさ。
金ありゃ、ここに住みてえくらいだ。

「じゃ、安全祈願でワットポー行ってみますか」 

いいね。協定外エアーだしな。神頼み安全祈願で行くか。


有名なでかい寺院で安全祈願。小さい仏像のお守り買って
ジーパンに結びつけた。

屋台でラッシー飲んで一服。
おまえん家行こう、見てみたい。

バスでスクンビットへ。駐在日本人街の一角。
ぐにゃぐにゃと路地を入って行くと、モルタル塀に囲まれた
一軒家があった。

このバラ線はなによ。

「それですよ。庭に物投げ込まれたり、変な奴が入ら
ないように、業者に頼んで作ったんですよ。
ほんと大変なんですよ。嫌んなるわ」

思った以上だ。日本企業も命がけだな。

「うちはこっちのマンションですよ」 

部屋は日本風、畳はないけど広い。でも窓には鉄格子。
扇子の置物や写真。小綺麗だね。日本茶出してくれた。

ところできょう誰も居ねえの?

「親父は仕事、お袋は日本人会で踊ってますよ。へへ
和服着てさ はっは」 

へえ、そんなのがあんのか。

異国で暮らすと、日の丸背負ってよけい日本人らしく
なるんだよな。バンコーもマドリも、皆そうだった。

「ヨーカン食います?」 

ええ? ヨーカンまであんのか。

「日本から送ってきたんですよ」 

日本茶にヨーカン。2年ぶりだ。うまい。
なんか日本帰ってもいいような・・・

最新の2日前の朝日新聞見たり、カルピス飲んだり。

「じゃ帰る前にまた会いましょうよ」 

おお、ごちそさん。またな。


6時、タイソンに戻る。

水谷さ、俺28日の羽田とったぞ。230が160$だ。

「すごいね。どこよ?」

うっひっひ、知りたいか・・・じゃ教えるけどさ・・・

マレーからどうせバンコク戻るだろ。そしたら俺の
紹介だって言って、その店行って店の手伝いして安チケット
出るの待つ。そしたら160、取れるかもだ へへへ

米山さんからの経緯もタダ屋台の話もしてやった。
だって水谷は中近東・インドの戦友だもんな。


さあ、じゃタニヤでも行くか。

「行こ行こ」

バスタダ乗りでシーロムで降りて歩く。

段々、それらしき匂いがしてきて、タニヤ通りにでた。
立ちんぼが数十人、愛想笑い手招きしてる。

客はベトナム休暇のアメ公だらけ。俺等はブが悪い。
そりゃそうだ。奴等はかっこいい、そのうえ金も持ってる。

俺等にゃおねえちゃん寄ってこねえよ。
ここも日本製ボイコットだ。っへっへ

「しかし結構若いのいますね 聞いてみますか」

そうね・・俺りゃその気ねえけど。

「ショート80だって。どうします?」

まあそんなもんかな。お前、いきたきゃいけよ。
俺りゃホテルで買う。 朝まで100。
洗濯までしてくれるぞ。ウッヒッヒ

「ほんと! じゃ俺もホテルにするわ」

じゃせっかくだからトルコ行ってみるか。ひっひ 

「いいっすね。うっしっし」

40払って1時間。それなりに・・それなりだった。

 
11時、ホテル帰ってシャワー浴びようとしたら、
また入って来やがった。今度はちょい若い。

あとバーツ残り450か・・よし。

22歳、ティムちゃん。お決まりの日本語セリフ連発。
俺も連発。洗濯まで無事終了。御馳走様でした。むっしっし


1月26日、7時前起きた。
うーん、もったいねえな。・・・朝のオツトメして。

じゃあなティム。バイバイ


シャワー浴びてたら、ドアガンガン叩きやがる。
なんだうるせえな、忘れもんかよ。

ドア開けたらなんと、一昨日の洗濯女だ。

「ナーンデ ティムとヤッタ!」 

ええ? すげえケンマクでベッドに大の字で足バタバタ。
 
おまえアホか。でも、なんで知ってんだよ。

「イマ ヤレ タダ ヤレ」そんで

「私、死ぬほど口惜しい。クーッお金いらない。今やれ」

なんなんだこいつは。 金か芝居か嫉妬か。

ふ~、5バーツやって返した。 わけわかんねえな。


・・・でも悪い気はしねえな。商売うまいな、タイ女。

ま、いいか。気持ちよく騙しておくれよー。

うーっひっひっ あーっはっは




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