印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」
1973年2月10日 6:40 
きゃっほー! ヒースロウだ!やーっと着いたぞ。

「ありがとう、お元気で」最後も決まり切ったセリフ。
無愛想なパンナムクルーでありました。

「BA747~」

ロビーに、ブリティッシュ英語のアナウンスが流れる。 
懐かしい。 アメリカ英語とは一味違う。
特に数字、巻き舌なく流れる大英英語。

思わず背筋も伸びる・・・腰は痛えけど、へへ。

四人のアイドルも60年代はよく使ったヒースロー。
ただいまー。とにかく帰って来ましたよー。 

税関のねえちゃん、髪はパツキン目は青く、本物だよ
ロンドンクイーンだ。

ポン! パスポートにハンコ押してニコッと微笑む。 
高え金払って出入国したんだから、そのくらいは
愛想つかってもいいよな。ありがとさーん。

リュック背負って外へ出る。 寒いけどこの匂いだ。
うーんロンドン。なんかムショからシャバへ出た感じ。
入ったったことねえけどさ、ひっひ。

三カ月ぶりに使う、50ペンスコイン。7角形で重い。
よく作るね、こういうの。アメリカのダイムよりでかい。

アメ公は、なんでもあればいいだ。
その点、イギリスは貫禄と伝統・・・ふっふっふ。


ビクトリアまでバスに乗る。こういう日は、二階デッキ。
風がいい、レンガの家、丘だ羊だ鳥だ。 一服も旨い。

見慣れたビクトリア駅。 誰にでも声かけたい気分。
ニッタニタしながら、大股で3か月ぶりのロンドンを歩く。

ケネディ空港じゃあ下向いてたのに、ゲンキンなもんだ。
人間てのは気分で元気になる・・・腹へってんのに。

地下鉄のエスカレーターを降りる。
手すりは木。まったく古いのがお好きな大英帝国。

改札で「ノッティンヒルガイト 1枚」
ゲイトじゃねえ、ガイトだ。コックニー訛りで切符買って、
入場口の鉄製バーを腹で押す。
ちょうどバーが腹に当たる。 女にゃよくねえな、へへ。

相変わらず吸殻と新聞で汚ねえ車内。これもいい。

駅に着いてアパートまで歩く。 鼻歌も出る。 
I have finally found a way to live・・

なんたって、帰って来たんだからさ。うっひっひ

おはようさん!おばちゃん犬の散歩か、可愛いね。
マンサラさん、これから会社か。しっかり働けよ。
フラつくアベックさん、昨日は泊りか。うっひっひ
真っ赤な電話ボックス。いい赤だね、うーん。


アパートに着いた。俺のアパート、ジブンチだ。

おおい、ミミ! 帰って来たぞぉ

なんだよ、出てきやしねえ。鍵は持ってねえぞ。

まだ8時か、奴寝てんな。
ベランダに足かけて、ガラス窓を叩く。

おおい!居ねえのか! ミミ!

眠たそうな顔で、ミミが玄関ドア開けた。

「おお、お帰り」

なによ、もっとさあ、嬉しそうな面できねのか。
感激ってもんはねえのかよ。 
3か月ぶりにNYから生還だぜ・・・まあいいか。

部屋入ったらハッシュ臭え。相変わらずだねミミ。

「こんちわ、お帰んなさい。すいません。
バンコク帰るまで居候させてもらってます」
 


はじめ君か、君達いいコンビだね。

まず掃除しようぜ、荷物も降ろせねえ。

はじめもすまなそうな面で掃除。
ゴミだらけの部屋片づけて、やっと座れた

ふー、じゃ乾杯すっか。 

「へへ、朝からビールかよ」

俺には朝じゃない。 時差でまだ夜だ。飲め飲め。

ミミ、留守中どうだった?

「うん、色んな奴来たよ。宝田君とか兼田とかさ」 

そうか、誰が来ても泊めてやれって俺の遺言だもんな。

「おお、だいじょぶよ。みんな泊めてやったよ。
宝田君はいまストレッサムの下宿に居るよ」 

おおそうか、そりゃよかった。
 

「そんでどうだったの、ニューヨーク」

まあ、すげえ色々あってさ、そのうちゆっくり話すよ。
お前こそ少しはロンドン慣れた?

「ああ、今さ、アールズコートの英語学校行ってんのよ。
1カ月目だけど、全然うまくなんねえよ」 

そうか、でも金かけて学校なんか行くよりさ、
友達作って遊んで覚える方が早いんじゃねえの。

「でもさ、少し話せるようになったぜ」 

ひとりで、煙草買えるようなったのかよ。

「ばかやろう、っへっへ」

でもさ、英語覚えるのが目的じゃねえだろ。
このグレイトブリテンの、街だ人だ空気だ歴史だとか、
それを自分の目で見に来たんだろ。

ビートルズが、なんであんなにって。
それが俺等のロンドン行きのイントロだったじゃん。
ただロンドンに住めやいいって、そんなんじゃねえぜ。

ちょっと偉そうに言ってやったが、ミミも一人になって
それなりに努力したってわけだ。ガラにもなく。ヒヒ



「学校で掃除のバイト紹介してもらって、週3やってる。
そんでベースも買った」 

おお! ベッドの横にあるプレシジョンだな。
お前、欲しい言ってたプレシジョン、すげえ、やったな。

「ああ、中古だけどさ・・・」

なんだよ、その気の抜けた返事はよ。
買ったぜって、達成感はねえのかよ、タッセイカンは。

欲しい物手に入れたんだろよ。もっとさ・・・
ま、いいか、俺がいれ込みすぎか。


じゃ、ポルトベロ行こうか。 
三人でマーケットをブラつくが、覇気がねえ話はずまねえ。

寒いし帰ろか、俺は寝るわ。

夜、NYの話したが盛り上がらねえ。わかんねえな、ミミ。
何に興味あんのよ、義理で聞くなよ。

土産のベース弦あげた。 ポール調のっていってたから
黒の巻き弦でビニール製にしたら、音がでねえって。 
じゃ誰かに売れよ。カーテンレールにすっか、うっひひ。


翌日、6時起きて散歩。三ヶ月ぶりのロンドンの空気。
ハイドパークまで歩いて、懐かしいベンチで一服。

昨日来てた手紙をじっくり読みなおす。 
大将はインド、プリンスはロンドン来るって。
もろちゃんは南米計画中。浜口はバンド。
藤本は・・野村は・・雄二は・・土屋は・・。

親父は、ベトナム特需で鉄工所大忙しか...。

朝露に光る芝生、川にはボートの練習生。
犬の背中も鳩の腹も光る。 

のんびりした空気、歩幅、こりゃロンドンだ。
セントラルパークとは違う。のどかと言えばのどか。

しかし、迫力のねえ相方と、また暮らすと思うと滅入る。
バンコーの、あの吹きだまりの猛者の迫力と比べると。
・・・俺は身勝手に好き放題やりてえ性分だしな。


ハイドパーク抜けて、兼やんの居るアールズコートへ行く。

「よおお! いつ帰ったの?! 元気かよ!」

ミミよりも歓迎してくれる兼やん。

「じゃ、一杯やろうぜ」 そうこなくっちゃ!

NYやバンコーの話したり、留守中のロンドンの話聞いた。

兼やん、ハウスキーパーのバイトしてるって。
色んな家に行って、芝生刈ったり掃除したり。
おねえちゃんと知りあったり、楽しそうに暮らしてる。
 
2時間ほどダベって、兼やん、じゃあまたな。

アパート帰るとはじめが言った。

「焼飯ですよ。三人分あります。我ながらうまくできた。
俺、来週バンコク帰るしサービスです。食ってください」

あんがと、じゃあ紅茶でも入れるか。

「きょう、バイト休んじゃった」

そうか、昨日は俺が朝から起こしたからな。悪りいな。

「ちがうよ。もうバイト飽きてきた」 

くっく・・始まったなミミの癖、飽きちゃった・・ひっひ


2月14日。 寒いけど、いい天気。

よし、ミセスケンに会いに行こう。3カ月ぶりだ。
無事生還した報告しなきゃ。

ミミもはじめも、一緒にストレッサムに行く。

ビクトリアのでかいホームで、通い慣れた列車に乗り、
5分も乗ればもう郊外。

丘や羊、朝霧に光る景色、ロンドン的田園だね。
 
俺はミセスケンの所へ、はじめは世話になってた大田君
の居る、グレニーグルアベニューの下宿にミミと行った。


呼び鈴「ジー」中で音がする。 キッチンに居るな。

「だ~れ?ちょっと待ってね」

こんちわー!ミセスケーン。ヨシです。帰ってきました。

「Ohyoshi!元気だったの?」

前掛け姿で抱きつくミセスケン。 い-い匂い。 
キッチンで自慢の濃い紅茶を入れてくれて、
お袋みたいな優しい笑顔で言った。

「ヨシ、痩せたわね、ハードワークだったんじゃないの?
でも無事でよかったわ。きょうは私の夕飯食べて
ゆきなさいね。あなたの好きなグレイビーライスよ」

はい、ありがとございます。

「ヨシが紹介してくれた宝田君が今ここに下宿してるわよ」

そうですか、いまは居ないんですか?

「そうよ、平日ですもん、学校よ」

あ、そうですね。・・・奴が学校? 真面目になったもんだ。

じゃあちょっと、大田君とこに挨拶行って来るんで、
夕方また来ていいですか。

「もちろんよ。色んな話聞かせてね」 

うれしいね、ありがたいね。ミセスケーンは本当にいい人。

俺、ここんちの子供に産まれてたら、ビートルズのボーヤ
くらいになってたかもしんねえぞ。っひっひ


こんちわー! 大田君、お久しぶりです。
 
「おお!帰って来たんだ、元気かよ!」

はい、お陰さんで死なずに帰りました。へへへ。

作田君も来て、ミミ、はじめ、5人で乾杯。 

スパゲティー作って、オイルサーデンや缶詰のコーンを
乗っけて皆で食う。 うーんめえ! 
こりゃロンドンの味だ。ありがとございまーっす。


そんで、俺のニューヨーク自慢話だ。

マンハッタンでね、信号で待ってるオヤジのコートの
内ポケットにさ、ピストル入ってたぜ。 ひっひ 

「ええ! ほんとかよ、すげえな、やばいな」

バンコーや皿洗いの話、ここで話した方が何倍も面白れえ。

大田君がジミヘンの海賊版やロイブキャナンのレコードを
かけてくれて、俺の歓迎会だ。

トランプやったりギター弾いたり、嬉しいじゃねえか。
ミミもはじめも楽しそうだ。 来てよかった。



もう5時半か、じゃ俺、夕飯ミセスケンのとこで食うので。
どうもありがとございました。

作田君とふたりで、俺の元下宿に向かう。

「なんか英語さ、アメリカっぽくなったね」 

そうすか? 俺すぐ影響されちゃうしね。へへ


三か月ぶりのミセスケンの夕飯は格別旨い。
俺の為にだけ作ってくれたようなメニュー。

ライスにグレイビーソース、目玉焼きにベーコン、
カリフラワーにコーン、ミディアムに焼いたパンとバター、
手作りジャムにマーマレイド。くー、泣けるぜ。

宝田はまだ帰ってなかった。学校じゃねえ、仕事してんだろ。

インドネシア兄ちゃんも、ペルジャンボーイもスイスの娘も
下宿人みんな一緒に夕飯食って、紅茶飲みながら。

「NYって 寒いの?」

あたりめえだよ、同じ北半球だ。

「NYは山は無いの?」

スイスじゃねえ、大都会だよ。
 
みんな、俺の事留学生だと思ってるからしょうがねえ。 
俺は勉強しにNY行ったんじゃねえ。遊びよ、修行よ。
皿洗いのヒッピーよ。 言わねえけどさ、へへ。
ミセスケンだけが俺の正体を知ってる。

こいつ等、お金持ちのお坊ちゃんお嬢さん。
パパの金でロンドン留学して、パパの会社に入るんだもんね。
ヒッピーにゃさらさら興味葉ない。

うーん、腹いっぱい。御馳走様でした。

今日は客人だから、自分で食器を持っていってミセスケーン
とキッチンで並んで洗う。

「いいのよヨシ。お茶飲みましょ」

はい、すいません。

濃い紅茶にミルク少し、俺の好みをよく知ってる。

いつもホントにありがとございます。
また遊びに来てもいいですか。

「あたりまえじゃない、いつでも来なさい」

くーうう! うれしいねミセスケン。ありがとございます。


ここはニューヨークの迫力はねえが、落ち着く、安らぐ。






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