印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」
1973年2月19日(月)曇。 はじめがバンコクへ帰る。

「どうもお世話んなりました。バンコク来たら俺の家、
寄ってください。 じゃあお元気で」 

おお、はじめもな。元気でやれよ。
いつかバンコク行ったらよろしく頼むな。

「まかして下さい。家泊れますから」 

奴は18。親父の赴任先バンコクに住んで、ロンドン留学。
親父は大変らしいが、奴は次はハワイの大学行くって、
張り切ってる。 英語、タイ語、日本語も喋るはじめ君。

奴を送りがてら、三人でバスでビクトリア駅へ行く。
名残惜しそうに、2階デッキで景色を眺めるはじめ君。

「ミミさん、バンドで有名になっても、俺の事忘れないで
下さいよ。 っひっひ」 

まあな、っへっへ。 って、俺が答えてどうすんだ。

ミミよ、ひまだからさヒースローまで行っちゃおうか。

「ああ、いいよ」
 
「ロンドンの列車って、ほんと古いですよね」

確かに日本の昭和30年代の座席だ。
椅子は木、柱は真中にある。蒸気じゃねえのが救われる。

お前さ、税関で草はやばいよ。

「そうだ、まだあったわ。じゃあ、はい」 

ミミが大事にバッグにしまった。


こないだ俺が降りたヒースロー。
なんか、空港見ると血が騒ぐ。 どっか行きてえ! 

はじめの奢りでコーヒー飲んで、煙草まで買ってくれた。
俺等からの餞別はねえのに、いい奴だ。

じゃあな、元気でな!

「お世話んなりましたー」


はじめが帰って、ミミよ、ひとり居なくなったぞ。
無口んなるのは寂しいからか? それとも憂鬱だからか。
俺もお前と同じこと考えてるかも・・・。 

ウインピーに入って一服しながらメニューを注文。

俺はこれ、フィッシュ&チップスに目玉焼2個。

「じゃ俺もそれでいいよ、頼んでよ」

なによ、お前頼んでよ。 

ミミが注文するの見たかった。
三か月の成果の英語を聞きたかった。

お前頼んでよ、喋るの聞きたいしよ。

これがまずかった。足組んで横向きやがった。

偉そうに聞こえたんだろうな、悪りい。
俺は、そんなつもりじゃねえよ。 

「いいじゃん、お前が頼めばさ。俺の英語なんか
かんけーねえだろよ」

食う前に険悪。 結局俺が注文したが・・・。

ザキからずーっと、ドンバ仲間じゃねえか。
いつからお前、そんな拗ね坊よ。ミミさあ・・・。

じゃレコード屋でも行ってみっか。機嫌直せよ。

いつものコースでピカデリーぶらついても、なんか
しっくりこねえ。やっぱり俺が悪かったな。



夕方、口数少なくアパートへ帰った。

お湯沸かそうと思ったら、ガスが出ねえ。 
またストライキかよ。

ミミ、参ったな。またガス出ねえぞ。

「俺、ちょっと寝るわ」 

ええ? コミニュケーションブレイクダウンかよ。
倦怠期の夫婦じゃねえぞ。ったくよ


ミミと二人で暮らす。長い友達なのに・・・。
俺は同じ毎日はでえ嫌え。退屈な時間と変な緊張と諦め。
やりきれねえなって思い始めた。 そしたら、もうだめ。 

俺の病気だ。やばいよ。

よし、こうなったらあれだ。くだらねえ遊びやって、
深く突っ込まない。距離置いて適当につきあう。

しかしミミとこうなるとは情けねえ。でもしょうがねえ。


寒い冬のロンドンのアパートで田舎芝居が始まった。

寅さんポーズ、寅さんセリフで写真撮って大笑い。
ばかみてえだ。でも、いいか。 

墨汁で顔塗って、アリスクーパーごっこで大笑い。
ゲーッツってなるまで歯磨いて、大笑いして。

ジーパンやシャツにパッチして、色と縫い方競争。
かっこいいほうが勝ち・・・大笑いして。

イントロ当てごっこ。曲の頭の1拍だけコード弾いて
曲名あてる。 1拍だけ。 こりゃマジんなる。
お互いに知らねえとは、絶対言わねえ。
ザキのドンバの意地がある、けっけっけ。


翌週、ミミがバイト再開した。週2日行きだした。
 
奴が居ない時、手紙書いたりレコード聞いたり、
自由にマイペースを満喫。

そんで、NYの写真整理してたらなんかムズムズする。
無性にヒッチしたくなった。 
刺激、シゲキが欲しい、シゲキー! 

よし、俺さぁスペイン行ってくるわ。
ロンドン寒いしよ、暖ったかいとこでヒッチして来るわ。

「ああ、いつ行くのよ」

なんだよ、動機は聞かねえのか。ま、いいか。

あしたチケット探して、安いのあれば来週行くわ。
俺、今までに輪かけて我儘男になっちゃったぜ。わりいな。

アールズコート行って情報仕入れ。
金あるっていったって、無駄使いはできねえ。
ヒッチでフランス抜けるかな。評判はよくねえけど・・・。

・・・そうだ、インターナショナルスチューデントカードだ。
ベルギーでのお墨付きあるじゃん。 よっしゃ。

オフィス行って優先的に泊まれるカード、確保した。
 
うっしっし、よっしゃヨーロッパ、決まりだ。

今度は南だぞ、あったけえぞー!





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