印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」
1973年3月5日(月)晴 
久しぶりだぜひっさびさ、旅だヒッチだスペインだ 
どんよりロンドン耐えられねえ、勝手にやりたい僕なのさ、
太陽を求めて俺りゃ行くぜ さみーのはでえきれえ。

寝袋持った、日記持った、スリク持った、ツンパ持った。

ミミよ、1カ月で帰るから留守頼むな。

「おお、気いつけてな。ところでさ、
今月下旬にO君が日本から来るの知ってるよな」 

ん? あ、忘れてた。どうでもいいわ。
来たら泊めてやれよ。どうせ、ここあてにして来んだろ。
ぼんぼんにゃつきあえねえ。じゃ家賃忘れんなよ。


チャリングクロスでユースの会員証更新。1ポンド50。
でもこれでヨーロッパ全部格安で泊まれる。
セイガクヒッピー、嘘ばっかし。でもノープロムレム。

チェック100$キャッシュ50£か。
こんなに金持ってヒッチるなんて初めて。まあいいさ。
NYで苦労して稼いだ金だ。好きなように使うぞ。

バスでファルコンウッドまで出た。寒いけどいい天気。
こっからロチェスターロードへ出てヒッチる。

カンタベリー抜けてドーバーまで5台で行った。
アベック、先生、老夫婦、兄ちゃん、マンサラ。
モーホ野郎にゃ会わなかった。 っへっへ

3時半、マリンターミナル着。 一服して潮風嗅いで、
チケット聞いたら出たばっかし。次のフェリー8時? 
ほんとかよ南武線だって5分おきに来るぞ。ったく

あと5時間もあんのか。ひでえな。
まいいか、急ぐ旅じゃねえし近くで一杯やるかな。


古い汚ったねえパブに入る。おやじが黒かって聞く。 
何? ああ、人種のことじゃねえか。
どうもまだNYが抜けねえな・・・。
 
黒ビール飲んで外に出たら、海に夕陽が沈む。うーん
世界中どこでも、陽は昇ってまた沈むか・・・。
NYバンコーの奴等どうしてっかな・・・。

乗り場に戻って待合室でひと眠り。
うとうとしたら、喧しいアナウンスで眼が覚めた。
さ、フェリーに乗る車、ヒッチしなきゃな。

ヒッチる車が少ねえ。 まずはアベックか。だめ?
老夫婦だめ、おやじもダメ、もう出発じゃねえか。
おお! 車体にサイケデリックなマンガ。これだ!

カレーまで行きたいんだ。乗っけてくれよ。

「おおOKだ、6人までいける、乗れよ」

ほーら、なんとかなるもんだ。

草臭えヒッピー車。 油臭えパーキングに駐車して、 
デッキでビール。よし、これでイギリス脱出だ。

海もビールも真っ黒。夜の海は不気味だ。
イギリス人3人とあとふたりはドイツと若僧のカナ公。

「お前どこ行くの?」 

俺、スペインよ。南国スペイン。
 
「おおそうか、じゃあここへ行けよ」

マドリッドユース? 地図まで持ってやがる。
日本人のたまり場で面白いって。

ばかやろ、俺は一人でブラつきたいの。 
なんでわざわざ日本人のたまり場行くかよ。

でも一応、ダンケダンケ行ってみるわ。
社交辞令はヒッピーでも大事。

1時間ちょっとでカレー着。
ありがとな、じゃあな。奴等は西に向かった。


あっやばい!フランス初めてじゃん、しかも夜だ。
宿情報がねえぞ。奴等から聞いときゃよかった。失敗。
 
フェリー乗り場の近くにドヤっぽい看板が見える。
しょうがねえ、きょうはここか。
男顔の太いばばあが酒飲んでる。

すんません、泊れます?

「ああいいよ。 金はポンドでもOK。3£50だ」 

ばばあめ、足元見やがって。
他に宿は無し、野宿は無理だ。宿賃はイギリスの倍。

俺さ、金ないのよ。2ポンド50にしてくれる?

「いいよ」

なんだ、あっさり下げやがって。もっと値切りゃよかった。
まあ、お湯も出るしベッドもあるし、泊まった。

翌朝、パンとコーヒーだが朝飯もでた。
ばばあ、上機嫌でメルシーだって。そりゃそうだろ。


翌日、もう9時か。イギリスと時差1時間か。

さて、M1をパリまでヒッチるか。夜までにゃ着くだろ。

・・・だめじゃん、ぜんぜん停まらねえ。2時間やっても、
乗用車ダメ、ワゴンダメ、男ダメ女ダメ。

なんてえ国だ、噂通りだ。お前等、少しはイギリスを見習え。 
俺みてえな善良で健全な若者が、見聞を広めてだな、
世界を見て歩いて・・・もう昼だ。 
ダメだ、汽車で行こ。フランスなんかにゃ用はねえ。

駅行ったらパリ行き出たばっかし。次は15:30だ。 
駅周辺でもう一回ヒッチるがやっぱりダメ。

そのうち雹が降ってきた、ヒョーだ。
もうダメだ、汽車しかねえ。最悪だな。

パリまで40フラン。6ポンド両替し60.4フラン。
そんな高かねえか。 じゃ、寝て行くか。

19:19、パリ北駅着。 古い駅だね、江戸時代かね。
 
駅待合室にインド人と日本人のヒッピー。
合流してユース行くが満員。

英語で聞くと答えはフランス語。誰に聞いても同じ。
上等じゃねえかフラ公め。困ったちゃんだぜ。

サンミッシェル登ってスチューデントホテルに行く。
ユースよりちょい高えがしょうがねえ。
荷物置いてアメ公と街に出る。

途中、ドイツ人と中国人が合流。皆パリの学生だって。

しかしこの中国人は・・怪しい。お前、どう見ても日本人だ。
英語も日本人だぞ。まあいい、チャイニーズで通せ。
俺もそんな気分の時あるしさ。ひっひっひ
まずい魚食いながら、1時まで飲んで騒いだ。


翌朝、ドイッチェのハンスが案内するって。
ま、せっかくだから観光でもするか。



男二人で澱んだセーヌ川沿い歩って、ルーブル博物館へ行く。
一応モナリザだけは見とこ。なんだ、意外とちっせえな。
額が高そうだ。 へえ、これがあの有名な微笑みか。
日本人が一生懸命模写してた。ごくろーさん。

凱旋門広場も行く。レスビアンカップルが髪をなでながら、
ベンチでキス。異常だな。花のシャンゼリゼは浅草の勝ち。



次、これがエッフエル塔か。灰色で色気も何もねえ。
東京タワーの勝ち。

鉄の玉投げっこ。 爺さん連中が汗かきながら公園で、
この寒いのになにやってんの。 ごくろさんだ。 
しかも汚ねえ札舞って、賭けてやがる。



昼は中華レストランで焼き飯と野菜炒めとスープ。
皿ばっかしでかくて10.3フラン。学食の10倍じゃん。
チップいれて12フラン? もう絶対来ねえよ。
ああ、早くスペイン行きてえ。


3月8日(木)曇り。パリ北駅インフォメイション。
愛想の無え無表情のパツキン娘。
ゲロ吐きそうな舌からまりそうなフラ公英語でのたまわった。

「ここは北駅だ。バルセロナ行き切符は扱ってない。
オースターリッツに行きな!」 

ああそうですかよ、ばかやろ。

もし、知り合いが外務大臣になったら、
フランスとの国交は断絶してもらう。絶対だ。

しょうがねえ、地下鉄でオースターリッツまで行った。 
バルセロナまで138フランか。1ポンド10フランとして、
14ポンドか。 ま、今回の旅は金もってるし・・・。
よし決めた。乗ろ。もうヒッチやめだ。

こんなとこで足止めくってたら、なんの為にロンドン出たか
わかりゃしねえ。 ほらあ! 1枚くれえ。

さ、切符買ったし食料でも仕入れるか。

パン屋入って小型のフランスパン四つ買った。
おやじがそのままくれやがった。

おやじ、俺りゃ手品師じゃねえ。四つも持てねえ、袋くれよ。

「袋ほしけりゃあれ買いな」

一個1.5フランもするパンを指さす。
眼の前に茶袋があるじゃねえか。ったく。

バイバイだって。ヴァッキヤロー。

パンをリュックに刺して今度はスーパーで仕入れ。 
薄めたコーラとくさりかけたチーズ買って紙袋もらう。
やれやれ、フラ公のイースト菌野郎め。 

駅に戻って、もよおした。石作りの公衆便所がある。
なにい?!ソークすんのに50サンチーム?
コマンタレバッキヤローめ。落書きしてやった「バーカ」


フランス行ったら昔の彼女に絵葉書でも出して、
いいとこ見せるかって思ってたが、冗談じゃねえな。

男はへどがでるほどキザ、ナオンは見てるぶんにゃいいけど、
喋ったらバカそのもの。白痴美人ってやつ。 
世界中に植民地もって、頭おかしくなったかフラ公。

夜8時59分。プラットフォームもねえ薄暗い駅。
長くて黒くて臭え列車に乗り込む。

列車のオイルとばばあの香水と便所の匂いが入り混じる。
隅っこの席に座って一服。
そんで気づいた。鈍行で17時間だった。

ぐえ、この臭さで17時間か。拷問だ水戸のゴーモンさん。
着くのは明日の2時だ。あー。頭から寝袋かけて寝た。
寒くて眠れねえ・・・最悪だあ。


翌朝9時。 国境のポルトボー。
ええ?列車乗り替え? なんなんだめんどくせえ。

そんで、外に降りて別の列車に乗り換えた。
パスポートチェックしてたらなんか違う空気。

おお!もう完全に雰囲気違うぞ。いいぞ、スペイン系だ。
冷たい眼はしない、愛想もある、態度も手際もいい。
ほーら、これだ。ついに来たな。スペイン入ったぞ。
風邪気味だけどヤッホーだ。

乗り込んで来る客もおばさんも娘も、いいねいいね。 
コモエスタエスパニヨール。

国境越えたら天気までまるで違う。ドンテンからセイテン。
ドンテン返しだ、ざまーみやがれ。こうでなきゃいけねえ。


1時27分。 バルセロナテルミニ駅に着いたあ!

暖ったけええ!! ウワオ ブラボーだぜ



< 49 / 113 >

この作品をシェア

pagetop