印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」
1973年3月9日。 昼1時27分 
バルセロナ テルミニ駅に着いた。 

おお、この匂い。初めてだけどなんか懐かしい。
イギリスとは違う。ましてパリなんかとは大違い。

山脈越えて、気取らねえ優しくて強そうな国。
いいじゃねえか、いいじゃねえかスペイン。
こうこなくっちゃいけねえ。 グラシアス!



とりあえず、パブでビールやって一服。

パブじゃねえな、そんなに気取っちゃいねえ。
スペイン風一杯飲み屋だ。

前掛けの親父がハポネかって聞く。

スイースイー、そうよ俺りゃハポネだよ。

ニタっとして握手してくる。
太い眉毛がぴくぴく、白い口髭がもそもそ。っひっひ
なんか言ってるが、わかんねえ。

でもスペイン語の響き、なんか気持ちいい。
笑って手広げてまた握手、俺も笑って合わす。

やっとおやじの話が終わった。

とりあえずユースの場所を聞いてみる。

おやじ、大声で若いのを呼ぶ。
こいつは英語がわかるからよって、手で言う。

お、眉も髭も濃いあんちゃんが出てきた。

あのさあ、このユースに行きてえんだけど。

OKOKって、地図を書きだした。

と、今度はおばちゃんが出てきた。太目でも昔はいい女風。
俺のテーブルにきて言った。

「あんた、そんなもん、地図って・・ダメよ!
わたしゃ、あんたもう・・バカじゃないの」 

って、言ったかどうかわかんねえけど・・・。
ソフィアローレン似のおばちゃん。俺を睨んで、胸叩いて

「わっしにまかせなさい」

よっしゃー、いいぞおばちゃん。

スペインだ、ラテンだ、ワインだセニオリータだ!
マルガリータ、テキーラ、クアンドクアンドだあ、
ムーッチョムーッチョ!

知ってるだけ巻き舌で叫んでやった。おばちゃん、大喜び。

おばちゃん「よっしゃ、乾杯 サリューサリュー!」


50は超えてるな。黒髪で唇は薄くて赤い。
ちょっと色目で俺を見ながら、でかいジェスチャーで喋る。
俺もつられて、ウインクしながら答える。

スペインはいいとこだろ・・スイ―スイ―
スペイン人は素敵だろ・・スイ―スイ―
バルセロナはいい女がいるだろ・・スイ―スイ―
私だってまだ可愛いだろ・・スイ―スイ―
お前、スペインの嫁さんもらえ・・スイ―スイ―
ここのワインは最高じゃろ・・スイ―スイ―

じゃ行くか、ってソフィアが俺の手をとって市電乗り場へ、
大声で、なんか唄いながら連れてってくれた。

通りがかりのアベックに大声でわめく、ソフィアおばさん。

「こいつは私が連れてきた日本人だ。いい男だろ、ひっひ」 

俺もつられて笑ってたら、市電が来た。

ソフィアは運転手に、俺が行くユースと停車場の名前を、
乗客に聞こえる大声で伝えた。

そんで、「ちゃんと面倒見てやれよ」って顔で、笑った。

乗り込もうとしたら、別れ際に頬っぺたにキスしやがった。
うーん、セクシーな柔らかい唇。うっしっし。
でもさ、口髭は剃ったほうがいいぞ、ちょっとザラつくよ。

ムーチョスグラシアース! ソフィア

ユースの駅は10分で着いた。
降りてきょろきょろしてたら、運転手が指さした。

そうか、向こうか。ありがとさん。 
なんか、ゴダールのいちシーンみたいな日だぜ、にっひっひ。


3時半、ユース着。 飯は無しで50ペセタ、まあ安い。
でも4時から、なんと8時まで閉まる。南国の昼休み。
すげえな羨ましい。

じゃ、チェックインして荷物降ろして散歩でもするかな。 

街は海風、潮風、南風。バルセローナ、きんもちいいーぜー。

おねえちゃん達は背は高くなく顔は東洋風、親しみがわく。
すれ違うとニコッとする、これが旅人にはたまんねえ。
ウエールズでもリバプールでも、これで癒された。


公園で昼寝して起きたら薄暗い。腹減ったし飯屋を探す。

ギリシャで言やあタベルナみたいな安食堂がある。いい感じ。
入ったら満員。 おやじ連中がぎっしり飲んでる。

じゃ、って出ようとしたらおばちゃんがプスプスって俺を呼ぶ。
カウンターに座れって。ウヒヒ、待ってました。
おばちゃんに弱い俺、カウンター越しの対面に座った。

バルセロナはいい女が多い。パイオツは中の上、クビレ中の中、
面は上の中、笑顔は上の中、合格です。

しかし、このおばちゃんも唇の上に薄い髭。
ラテン系ホルモンはおばちゃんにも髭を生やすか。ヒヒヒ。

おばちゃんニコっと「ハポンか、旅行か、何飲む、何食う」

まずビールくれよ。あとは見えるもん適当に指さして、
オムレツとトマト、タコの煮付けとパン。

おばちゃん、大きくうなづいてどんどん出す。

うー、うんめえ、こりゃ旨めえ。オリーブオイルのいい香りだ。
こんな旨いタコの煮付け食った事ねえぞ。

おーい、タコお替わり!ビールもくれ。

そんで、おやじ共が何か唄い出して盛り上がる。ゴキゲンだぜ。

陽気なおばちゃんと陽気なおやじ達。これがスペインか。
列車でまともなもん食ってなかったし、気分も腹も堪能。

腹いっぱいだ。一服して勘定。しめて69ペセタ?
なんだ300円ちょっとじゃんか。釣りはいらねえぞ! 
・・・くれねえけど。

これで風邪もふっとんだ。チャオ!おばちゃんグラシアス。


9時過ぎ、ユース戻ってシャワー。うひぇー、なんだこりゃ。
お湯がヌル過ぎだ、風邪ぶり返しちまうぞ。
しょうがねえか、南国だしな。俺が慣れなきゃいけねえな。

下のベッドはアメ公。 同い年くらいか、学生かな。

よう、兄ちゃん!俺はきょうサイコーだったぜ。
タコ食ってワイン飲んで、おばちゃんとさ・・・

反応無し。本読んでやがる。モーホじゃねえだろうな。
まあいいや、俺りゃ寝るzzz


3月10日。 その真面目なアメ公が口を開いた。
 
ピカソミュージアム行こうって。へえ。
こいつ結構インテリか、俺と合うな・・・っひっひ。
二人で朝飯食って、チェックアウトして出かけた。

ミュージアムの入口でIDカード出したら、なんと無料。
ロンドンも無料が多いが、こういうのは日本も見習うべき。
 
俺、全然知らなかったけど、ピカソって最初からあんな
アホな絵じゃなかったんだな。
デッサンなんかまともだし、そんで相当の日本びいき。
浮世絵何枚も描いてる。知らなかったぜピカソさん。

アメ公が「ピカソが生まれたのは・・・」

うるせえ、俺は能書きはいらねえ。っひっひ。


ピカソ出て公園でヴィノとパン。 奴から話してきた。

「俺の名前おかしいだろ?ここに同じ名前のビールが
あんのよ。飲んだ事ある? おかしくてさ、はっは」

なんだよ。知らねえよ。お前の名前なによ。

なに? ダムか。ダムねえ・・・。

お前等がよく言う、ちっきしょうめってやつか。
まあ、ポン吉か与太郎ってとこだな。親を恨めよ。
そんで、ひねくれて本の虫になったのか。うっへっへ。

バレンシアで、でかいフェスがあるって。
ポン吉によると、かなり凄いらしい。

17から三日間。ま、行ってみるけどお前は先に行けよ。
肩凝っちゃってさ、お前と一緒だとよ。
アメ公にも居るんだな、こういう奴。へへ。

ポン吉とブラついてハビタシオンを探す。
ユースより安いって、ポン吉情報。


ここか、二人部屋で一人70ペセタ? 
嘘つけ安くねえぞ、広いけどな。朝飯付きか。

まあ、真面目なお前に免じて泊ってやるよ。
モーホじゃねえだろな、ポン吉よ。

パン屋で仕入れたパンとヴィノとチップスで夜食。
奴はまた本読んでやがる。 おやすみzzz


3月11日。 きのうはやかましくて全然眠れなかったぞ。
フロントのおやじに文句言ってやった。 

「おーっはっは!この辺は土曜の夜はいつもこうだ。
きょうは大丈夫、心配ないぞ」

田舎の楽しみは、一晩中飲んで騒ぐ土曜日か・・・。
 
ポン吉は、静かになってから明け方寝たって。
真面目なんだか、馬鹿なんだかわかんねえな。

朝飯はパン、オレンジ、卵と朝からワインもでる。
パンは取り放題。 弁当代わりに3つもらう。

ポン吉はマドリへ発つって。俺はもう1泊するよ。
五円玉やった。 じゃあなポン吉、元気でやれよ。
 

ひとりでバルセロナの街をブラつく。潮の匂いのいい街だ。

中学生くらいの娘がふたり、ニタニタして寄ってきた。

「ねえアミーゴ、煙草ない?」

・・・ふふ、煙草じゃねえな、わかったぞ。
日本人珍しい、からかいたい、話したい。だろ。 

よーしわかった、あげるよ。はい、1本づつね。

小柄でも、プロポーションはいい、面もいい。
これが、あと5年くらいでいい女になるのかあ・・・。

五円玉出して、道の真ん中でねえちゃん達と遊んでたら、
子供等が「チノ チノ」って寄って来た。

チノじゃねえ、俺はハポンだよ。

はしゃいで可愛いもんだ。道端に座ってみんなで車座。
そんで、もう人だかり。 珍しいハポネは人気もん。 

子供達もおばちゃんも皆、俺を覗きこんでニタニタクスクス。
よっし、なんかやらなきゃな。・・・ドンバ根性が出る。


日記のノートにカタカナで「スペイン」って書いて見せる。

こりゃ、スペインって読むんだ。どうだ。

「おおー、すんばらしい!ボニート」うっひっひ。

ヘノヘノモヘジも描いてやった。

「うわーおーーひっひっひ」

紙飛行機作って飛ばした。「ボニート、ボニート」 

娘達が笑う、子供達が踊る。うわっはっは。いいぞー。


もうネタ切れだ。悪いな。 じゃあな、面白かったぜ!

お嬢ちゃんもみんなも、チャオ! 投げキッス

歩きだすと、ガキ共が俺の手を握ってついてくる。
おいおい、サウンドオブミュージックじゃねえぞ。

2ブロックくらい歩いてガキ等は路地へ消えた。
じゃあな! アスタマニアーナだ。

バルセローナ! ボニートだ!


3月12日。 ほかも見てえし、出発するか。

でもアテはねえし、駅行って地図を見る。

タラゴナ? 聞いたこともねえけど、旨そうな名前。
40分で125ペセタか、こりゃ手頃だ。行こ!


列車は海沿いをずーっと煙吐いて走る。気持いい。
絶景海風、潮の匂い。 永六輔ジェリー藤尾の世界だ。

駅はド田舎の一軒家風。 坂道を下ると海が見える。 
海まで歩くか。天気も最高、やっぱ来てよかった。



おおー! 海辺にステージ! こりゃすげえ。 
こんなとこに、石で造った劇場じゃねえか。

半分壊れてるけど、昔はならしたんだろうな。 
歴史だな、スペインだな。

何世紀前の石に座って、オレンジをかじる。 
あーうめえ、うーんうーんそうか。 っひっひ


人なつっこい奴等に太陽、海、どうだあー!

こりゃ、人生やっぱり金じゃねえ、仕事でもねえ。

イヤッホー! ビバ エスパニョールだあ!!


 



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