兄貴がミカエルになるとき
「ママ、そろそろ私はホテルに戻ろうかと思うのですが」

この場を避難したくて丁寧に口を挟んでみたが、それをスルーして「僕は先に由美子さんのお店に行っていていいかな。どうせ由美子さんたちもこの後アイに寄るでしょ」と、とトオ兄が聞く。

「あらあ、トオル君、うちの店に寄ってくれるの? なぎさが喜ぶわあ」

なぎさとは、由美子さんの店で働く女の子、いや三十代のおかまさんだ。化粧をとると佐藤浩一似のハンサムさんだが、化粧をするとブラックのソウル歌手のような迫力がある。

トオ兄は女性にもオカマさんにもよくモテる。

二カ月前のGW、私は初めてアイに連れて行ってもらったが、生まれて初めて接したおかまさんたちのにぎやかさに驚愕した。

トオ兄もみんなからキャーキャー言われて弄り回されていて、困惑しているかと思いきや結構楽しそうだった。

今日は自分から進んでアイに行こうとするなんて、やっぱりまんざらではなかったようだ。

「じゃあ、咲季も連れていってあげて」

最初の私の言葉をママもスルーしてトオ兄に言う。

げっ。

それじゃあ第3キャンプ場から前線に移動させられるようなものじゃない。

だいたい、どうして高校生の私がニューヨークに着いたその晩に、ゲイバーまで付き合わなきゃいけないんだか。

それも遊びに連れてきてもらったわけではない。

春休みを利用して、こっそり勤労しに来ているのだ。

一応は顔や体を見せる仕事だし、ストレスは禁物だ、と頭の中で強く反論しながら、引き続き丁寧な口調でこの場を逃げようと試みる。
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