兄貴がミカエルになるとき
翌朝、キッチンでコーヒーを入れていたママに、昨晩聞いた話を投げかけた。

「ママってモデルだったの?」

ストレートすぎてかえって伝わりにくかったらしい。

コーヒーメーカーに水を入れてスイッチを押した後、ママはようやく聞かれていることと自分の記憶を結びつけ「うんと昔ね。アルバイトだけど」と、こちらを振り返った。

「でもすごい反響だったってリチャードとティムさんが言ってたよ」

「何が?」

「ママが出た広告が」

「そう」

まるで他人事だ。

おまけに「あれってバルバリーだったっけ」なんてつぶやいている。

「みんなママを真似たくて、バルバリーのコートが馬鹿みたいに売れたって」

「へえー、すごいわね」

やっぱり他人事だ。

「そうだよ、すごいよ! なのになんで教えてくれなかったの?」

「あの頃はほかのことに必死だったから忘れてた。人生長いと、自分にとって本当に大事なこと以外は記憶から滑り落ちていくものなのね。だから思い出として残っているものは、自分が大切にしていた証で宝物。咲季も歳を取ったらわかるわよ」
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