西山くんが不機嫌な理由

そして今日も君の隣。


―――――――――――――……





そんな過去の出来事を、ぼんやり窓の外に視線を走らせつつ思い返していた。




あれから春が来て夏が過ぎ去り、秋の匂いを漂わせて冬の風が吹き抜ける。



気が付けば、1年もの月日が実に穏やかに流れていた。




高校2年生の春。




昇る朝日に照らされて、常に揺れ動く電車の中。



早朝は人で大変混雑するため決まって吊り革に支えられつつ、身体のバランスを保っている。




瞬時に移り変わる外の景色を前に、思考は過去の時間へすっかり飛ばされていた。



朝はなかなか意識が覚醒しないためか、こうして思慕に捉われることも少なくはない。




実際半分は眠りに就いているも同然のようなものだ。




と。



「わ。わ、わわわ」



焦りを含んだその声に、寝ていた意識を呼び戻される。



右隣に目をやれば、電車を乗り降りする人の波に呑み込まれつつある、小さな後ろ姿を視界に入れた。




すかさず腕を掴んで元の位置に引き戻せば、彼女が安堵したように胸を撫で下ろす。



「いやー焦った焦った!見てみてすごい冷や汗かいてる」

「…………」

「ありがとう、西山くん」



そう、無邪気に笑顔を零す凪。



その愛おしいとしか言いようのない表情を、俺は幾度となく彼女の側で見てきたのだ。



「西山くん?」



凪の腕を掴んでいた手を下降させて、行き着く先は自身よりもうんと小さい手。



その手を優しく包み込めば凪が不思議そうに首を傾げて、力強く指を絡み取れば、その顔にたちまち笑顔が舞い戻った。




ふたりを包む空間は限りなく透明で、どうしようもなく心地良いもの。



「あのね、昨日久しぶりに桜餅作ってみたんだ!」



明るい声色の凪の話に耳を傾けつつ、静かに目を閉じる。



記憶の片隅から取り出した色褪せることのない思い出を、そうっと丁寧に心の奥底に仕舞い込んだ。




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