西山くんが不機嫌な理由
「どうしようおばちゃん。10円足りない!」
たったひとつの雪見大福のために、心の底から困惑に満ちた声。
少し可笑しく思えてきて、思わず小さく吹き出してしまった。
ほんの些細な気まぐれを思いつき、女の背後に近付いていく。
不意にこちらに振り返った女が、吃驚して目を見開く。
「わあっ、どうしたのお兄さん!そんなにおもち食べたくてたまらないの!?」
「…………」
「あわわ困った困った。ポケットに小銭入ってないかなー」
はたから人の話に耳を傾けようとしない態度に、ちょっとムッとする。
だから女は苦手だ。
改めて実感し呆れつつ、女に向かって手のひらを見せるように差し出す。
ぽつんと乗せられているのは、一枚の10円玉。
「…………あげる」
「え?」
「…………おもち、食べたいんでしょ」
「いいの?」
こちらに真っ直ぐに向けられた瞳に、どこか居心地の悪さを感じ、逃げるように視線を逸らす。
女の質問に曖昧に小さく頷いてみせ、女の手中へ半ば強引に10円玉を収める。
女はきょとんと口を開いたまま、見事な間抜け顔を披露している。
「ありがとうお兄さん!お礼にアイスあげるね!食べ掛けだけど」
「…………」
「おばちゃん!雪見大福カモン!!」
「はいはい。どうぞ」
「わーい」
満面の笑みに加え、輝かせた双眸を雪見大福に向け、ほんのり赤く染まった頬はふにゃん、緩み切っている。
満足気に八重歯を見せて笑う女を横目に、心臓のずっと奥底で何か得体の知れない感情が、微かに揺れ動いたのを感じた。
胸がきゅっと締め付けられて、少しの息苦しさを覚えた。
この感情の名を、正体を、知ることになるのはいつなのか。