西山くんが不機嫌な理由
ひとつ、咳き込んで。
場を改めるように、一瞬の間を置いてから、凪の母親が静かいに口を開いた。
『西山翼くん。あなた、凪に恋、してるでしょう』
なに、言ってるんだ。この人。
果たして、言葉通りの意味を受け取るべきなのだろうか。
視線を横に移すと、至って落ち着いた余裕の笑みを零す凪の母親が、こちらの反応を窺っていた。
『あっと、否定は受け付けないわよ。肯定なら大歓迎だけどね~』
首を左右に振ろうと試みたのが、やけに勘の鋭い凪の母親に言葉で制され失敗に終わる。
くだらない。
逃げるように視線を逸らして、背を向ける。
背後でくすり、押し殺した笑い声が聞こえる。
凪の母親はぶっ飛んでいるところがあるが、どこか冷静な思考力を携えていると思っていたけれど。
この発言ばかりは、理解に苦しまざる負えない。
ここ前後1時間の流れを思い返してみれば、確かに思い当たる節は所々に転がっている。
凪の隣にいると、病気でも、具合が悪いわけでもないのに心臓が変に疼いたり。
別れを一瞬でも惜しんでいたり、凪が呼び止めてくれたとき、微かに嬉しいなんて感じていたり。
『ふふ、自覚がない、わけではないでしょう?』
今度はもう、その言葉に否定する気は起きなかった。