西山くんが不機嫌な理由
後ろから無言の視線が背中に突き刺さる。
それが余計に神経を逆撫ですることになり、思わず顔を顰める。
これ以上、ここに居座っているわけにはいかない。
本来の己に反する一面が垣間見えてきそうな予感に陥り、どうしようもなく逃げたくなった。
立ち上がり鞄を肩に掛けると、『あら?』依然として落ち着いた声色。
振り返れば、不思議そうに首を傾げる凪の母親と視線が交わる。
『西山くん。もう帰っちゃうの?』
『…………帰り、ます』
『あらそう、もう少し美青年と楽しくお話ししていたかったのに~。お姉さん寂しいわ~』
口をへの字に曲げて、冗談を交えて話しつつソファから立ち上がる。
そして、思い出したかのように両手のひらを合わせる。
『そうだわ!すっかり忘れてた。私、今から急ぎでスーパーの特売に行かなくちゃいけなかったのよ~』
独り言と捉えても良いのだろうか。
ちらちらとこちらの様子を窺いつつ話す凪の母親が、何か企んでいるように見えて仕方がない。
『あら!だけど2階に風邪引いてる凪が寝てるんだった!高熱出して寝込んでる凪が!』
語尾を強調するようにわざわざ2回繰り返して言う。
自分の顔に青い筋がさーっと引いていくのを感じた。
嫌な予感に限って、現実となってしまうのは何故なのだろうか。
肩を掴んで逃がさないとでも言いたげに、凪の母親はうっすら勝ち誇った笑みを浮かべている。
ぞくり、背筋に寒気が走った。
『やっだ西山くん良いところに!私が帰ってくるときまで、凪の看病してやってくれないかしら?』
『…………帰、』
『凪の看病、してくれるわよね?』
『…………』
『ね?にっしー?』
『…………』
人生16年間生きてきて、今ほど巨大な壁が目の前に立ちはだかったことはなかった。
逃走を図ることは不可能だと悟りつつ、素直に小さく頷くことしか出来なかった。