初恋ラジオ
「名前が同じだったから、まさかとは思ったけど・・・・ほんとに麻ちゃんだったから、ちょっとびっくりしたよ」

「びっくりしたのはこっちだよ!こんな所で晃ちゃんに会えるなんて!!」

そう言った麻美に対して、晃介は、何故か申し訳なさそうに眉を寄せると、不意に、「ごめん」と謝ったのである。
麻美は、きょとんと首を傾げながら、そんな晃介の端整な顔を、幾度も瞬きしながら見つめやった。

「なに?なんで謝るの?」

晃介は、困ったように唇をもたげて、言葉を濁しながらこう答えたのである。

「いや・・・・発明家には、なれなかったから・・・・結局、宅配ドライバーに納まっちゃったし」

その言葉に、麻美は、思わず笑った。

「晃ちゃんの夢だったんだもんね、ノーベル賞を取れるぐらいの発明家になるの」

「途中で挫折しちゃったよ」

そう答えて、晃介も笑った。
手作りラジオから、初めて音が聞こえてきたあの時のように、二人は、思い切りその場で笑った。
魔法の手は、今や、沢山の人に大切な荷物を届けるための手になり、そして、あの頃より、ずっと大きくて、ひどく頼りがいのある手に変わっていた。
一際笑った後、麻美は、涙でにじんだ目を片手で擦りながら、大人になった晃介にこんなことを聞くのである。

「ねぇ、晃ちゃん・・・・・あの約束、まだ覚えてる?」

晃介は、未だ可笑しそうに肩を揺すりながら、片手にもっていたキャップを被り直して、こう答えた。

「覚えてるよ。だけどさ・・・・発明家にはなれなかったから、今更無効だよな」

「・・・結婚は?」

「してないよ。今も色々作ってるから、こんな変な趣味に付き合ってくれる人なんか、なかなかいなくてさ」

「そう、なんだ」

「麻ちゃんは・・・・・苗字変わってないみたいだから」

「うん、独身」

「そっか・・・・彼氏は?」

「今はいないよ」

二人は、顔を見合わせてもう一度笑った。

20年ぶりの再会。
そして、二人揃って独身。

随分と面白い偶然が重なったものだと、麻美はしみじみ思う。
だけど、こんな偶然、一生に一度あったところで、神様は怒ったりしないはずだ。

「晃ちゃん、今、“魔法の手”で何作ってるの?」と麻美が聞くと、晃介は、可笑しそうに笑いながら「ロボット」と即答した。

麻美は、きょとんと目を丸くして、思わず聞き返してしまう。

「ロボット!?」

「そう、二足歩行できる小さなやつ」

「なんだか・・・・晃ちゃんらしい!」

「そうかな?」

「うん、それ完成したらあたしにも見せてよ」

「いいよ・・・・いつになるかは判らないけど」

 少年のような笑顔で、晃介はそう言う。
 まだ子供であったあの頃のように、麻美も笑った。

 「まだ、ラジオの作り方、覚えてる?」

 「ああ、ゲルマニウムラジオのこと?そうだなぁ・・・大体なら・・・でも、20年も前に作っただけだからな」

片手でキャップのつばを直しながら、僅かばかり困ったような顔つきで、晃介はそう答えた。
麻美は、ニッコリと笑って見せると、20年前、小学生だった頃に聞いた、あの手作りラジオの音を鮮明に思い出しながら、こう言ったのである。

「また、あの音聞きたいな。凄い雑音の入ったラジオの音。晃ちゃんの手、本当に魔法みたいだった。何でも作れる手だった」

「魔法の手じゃなくて、もう、おっさんの手になっちゃったよ」

「なにそれ!じゃぁさ、そのおっさんになった手で、また作ってよ、あのラジオ」

麻美は、可笑しそうに笑いながらそう言った。

「作れるかなぁ?でも・・・また挑戦するのも、悪くないかな。雑音ばっかのラジオだけど」

晃介もまた、笑いながらそう返答したのである。

それは、初夏の日差しが差し込む午後の事、この日が、あのラジオを作った日付と同じであったことを、まだ、二人は知らないでいた。

思いもよらない奇跡が起こった五月のウィークデイ。
子供の頃に交わした“あの約束”は、心の奥にしまった二人だけの秘密である。

~END~
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