初恋ラジオ
             *
玄関を開けた時、宅配業者の青年は、相変わらず人が良さそうに笑いながら、麻美に向かって薄いダンボール箱と伝票を差し出した。

「ここに印鑑をお願いします」

「はーい」

麻美は、手に持っていた印鑑ケースから印鑑を取り出し、朱肉をつけて伝票に押す。
伝票を受け取った青年は、麻美に段ボールを手渡すと、片手でウェストバックを開けながら、不意に、こんなことを言ったのである。

「あの、失礼ですけど・・・・もしかして、ご実家、土浦じゃないですか?」

「え?」

その言葉に、麻美はきょとんと目を丸くして、うつむき加減になってバックに伝票を納めている青年を、まじまじと見つめ据えてしまった。

「ど、どうしてそれ・・・・知ってるんですか!?」

「やっぱり」と、答えて、青年はゆっくりと顔を上げると、明らかに営業スマイルではない、極自然な笑顔で言葉を続けたのである。

「・・・俺のこと、もう、忘れちゃったかな?」

「え?え?」

麻美は、両手でダンボールを抱えたまま、ますます訳が判らないといった顔つきで、瞬きを繰り返してしまう。
その視界の中で、青年は、被っていたキャップを外し、まるで、少年のように笑いながら、こんなことを言ったのである。

「俺だよ俺・・・・団地の隣に住んでた」

「え・・・・・・えぇ――――っ!?」

その瞬間、麻美は、抱えていたダンボールを思い切り玄関先に落としてしまった。
団地の隣に住んでいた・・・そこから連想される人物は、たった一人しかいない。
そう、20年前、小学校五年生の時に引越してしまった、初恋の君。

「ま、まさか・・・・こ、晃ちゃん!?」

「そうそう、引田 晃介だよ。よかった、覚えててくれたんだ」

宅配業者の青年は、そう答えて、どこかはにかんだように笑った。
こんな偶然が、世の中にあるのだろうか。
今さっき、遠い記憶を辿って思い出していた少年が、成長した姿でそこに立っている。
それは、まさに奇跡としか言いようがない。

麻美は、しばし言葉を失って、成長した晃介の顔をまじまじと見つめすえてしまう。
麻美があまりにも凝視するものだから、晃介は、はにかんだままその視線を逸らし、片手で前髪をかきあげる。
このはにかんだ表情には、確かに、子供の頃の面影が残っている。

「晃ちゃん・・・本当に、晃ちゃんなんだね?」

思わずそう聞き返した麻美に、晃介は、もう一度笑って「そうだよ」と答え、ゆっくりと麻美に視線を戻す。
< 3 / 4 >

この作品をシェア

pagetop