ドロップ・ダスト【完】
「お雛様今日も輝いていらっしゃった……!」
「網膜が癒されるよね~」


道行く民をひれ伏す思いにさせる抜群の美貌と、貴公子の如く気品のある物腰から、お雛様という愛称で校内の女子から絶対的な人気を誇る彼のフルネームは雛沢稔(ひなざわみのる)。
“雛”沢だから敬意を表すために後には“様”、前には“お”を付けて丁寧語としての主張を忘れない。
お雛様とは既存している単語なだけあって語呂も良いので、私達の学年が入学して間もなく、お雛様の魅力が校内中に広まりファンクラブが結成される頃には、この愛称はすっかり馴染みのあるものとなっていた。

あれから約一年、飛ぶ鳥をぶちお落とす勢いで急上昇した彼の人気は、未だに疾走感を失うことを知らず、溢れんばかりの美貌にハートを射抜かれた新入生らも「お雛様先輩」などと廊下ですれ違い際に甲高い声を発している。
ここまで熱弁すれば、私がどれだけお雛様に好意を寄せているかはお分かり頂けたことだろう。
三度の飯よりお雛様。一にお雛様、二にお雛様、三四もお雛様で、五もお雛様。そういうことだ。

しかしこの私の情熱を一瞬にして消沈させるような出来事が起こってしまったのだ。
それはさながら、綺麗な蝶になることを期待して育てていた幼虫が、さなぎから成虫へと進化と遂げた際に、実は蛾だったことが発覚したくらいの大衝撃であった。
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