初恋の証 (BL






 あの日々から7年の月日が流れた……。


――冬。



「久しぶり。

 二人で会うのって、卒業してから初めてだよな」


 卒業以来初めて君と二人だけで会った。


 そのきっかけを作ったのは、君。


 突然メールで飲みに行こうと誘ってきたのだ。
 そのメールを見た時はいったいどういう風の吹き回しだと思ったが、

 君から誘いが来たことは純粋に嬉しかったし、
 断る理由もなかったから……。
……いや、そうじゃないな。


 俺は素直に君に会いたいと思った。



 だからメールが来て数分後には、

「いいよ。いつがいい?」

 という返信をしていた。

 君が何を考えてオレを誘ってきたのかはわからなかったし、
 また高校の頃のように君を見て切なさに苦しめられることはわかっていたけれど、

 それでも俺は
 君に会いたいと思った。


 あの初恋から何年も経つ今でも、
 君は俺には特別な存在だったから。



 そして今日、君と会った。



「そうだね。 同窓会とか元サッカー部の飲み会とかでは頻繁に会ってたけど、
こうやって二人で会う機会はなかったもんな」

 社会人同士の社交辞令のような会話をしながら、俺達は適当に飲み屋に入った。

 そこには疲れ果てたサラリーマンや、日ごろの鬱憤を晴らすように騒ぐおやじ達ばかりがいて賑やかだった。

 そんな場所に君と来ることになるなんて、なんだかおかしいな。

 あの頃の二人だったらこんな場所にはそぐわなかっただろうけど、
今ではすっかり溶け込んでいる。

 社会の波に揉まれる大人の一部になっている。


 宮田は相変わらず少し茶色の長めの髪をしているが、
 風貌はすっかり大人だ。
 スーツに身を包んで、どこかのブランド物であろう腕時計もしている。

 卒業してから何度も見てきたはずなのに、そんな大人になった宮田のことを、
 俺はどこか不思議な気持ちで見ていた。
 二人きりという状況がそうさせるのだろうか。
 少年ではない相手に、どこか寂しさすら感じてしまう。


 そういえば、今になっても思い出すのは昔の宮田ばかりだった。

 制服やユニフォーム姿の、少年の笑みで自分を見る宮田。


 そればかり、思い出していた。



 自分は思い出の中の彼を、ずっと追いかけていたのだろうか……。





 仕事の愚痴や、高校時代の思い出話に花を咲かせながら何杯か酒を飲み、
 俺達は数年ぶりに二人で会っているということを忘れるほどに
 なんの気兼ねなく言葉を交わせるようになっていた。

 まるであの頃に戻ったかのようだった。

 隣で宮田はケラケラ笑って、それを落ち着かせながらも俺も一緒に笑って。

 そうして時間が過ぎて行った。

 きっと今の俺達はどこからどう見ても、長年来の友達に見えるだろう。

 笑顔の宮田を見ると、今でも胸が高鳴るし、切なさも相変わらず感じる。

 けれど、こうして同じ時間を共有できることが 俺はとても嬉しかった。


「あのさ、佐伯」


 それまで明るい口調で話していた宮田が、少しだけ真面目な声色でそう言った。

「なに?」

 片手でコップを持ち、親指で淵をなぞりながら宮田は言う。

「俺達、高校ん時やたら仲良かったじゃん?

 お前いつも俺の話色々聞いてくれたしさ。

 だから、俺にとって佐伯は………親友だったんだ。

 つかぶっちゃけ今でも親友だって思ってんだけど、

 勝手にそう思っててもいい?」

 突然そんなことを聞かれて、俺は思わず吹き出してしまった。
 親友だって思っててもいいか なんて聞く人間、初めて見た。
 それを見て、宮田が顔を赤くして「笑うなよ」と言う。

「ごめんごめん。
 俺も宮田のことは、……親友だって思ってるよ。
 あの頃も、今もね」

 本当は、親友以上って言った方が正しいけれど。


 宮田は今でも自分を“友人”として見てくれている。
 あの頃と変わらずに。
 それ以上の関係にはなれないことを、俺はとうの昔に悟っていたから
 いまさらそんな言葉を彼の口から聞いても悲しくはならなかった。

 寧ろ「親友」という特別な位置づけをもらえて嬉しく感じるくらいだ。

 その心の中に、自分がなんらかの特別な形で存在しているだけで、

 俺は幸せだ。


「よかった~。
やっぱ佐伯最高だよ!
もうお前大好き!!」

 酔っ払い丸出しの声でそう言ったと思ったら、次の瞬間、



「ちょ、おいっ」

 宮田が急に抱きついてきた。
 酒くさい声で“佐伯は良い旦那さんになるよ~ぜったい~”とかなんとか言いながら、
 俺の体を強く抱きしめる。

 さすがに心臓が止まるかと思った。

 宮田の腕にこうして抱きしめられることを、
 俺がずっと夢見ていたなんて知らないのだろう。

 こうされるだけで、なぜか涙が出てきてしまいそうになるなんて
知らないのだろう……。

 俺は動揺する胸を抑えながら、必死に宮田の体を離そうと肩を押し返した。

「おまえなー、飲みすぎだぞ?」

 しかし宮田はなかなか離れてはくれない。

 こっちの気持ちも知らずに、こいつは……。


「佐伯は、俺の大切な親友だから、一番最初に言いたかったんだ」


 その時、少しだけ宮田の腕に力が入ったような気がした。

 宮田の温もりが広がる。

 初恋から何年もしてから初めて知った、好きな人の温度。

 酒のせいだろうか。
 なんだか頭が温まっていくような感覚がする。
 たとえ酔った上でのおふざけの行為でも、今この瞬間だけはこの温もりに酔い痴れても良いのだろうか。

 そんな風に甘い考えに達した瞬間。



 耳元で宮田の口が

 とうとう

 あの言葉を 紡いだ。




 いつかそう言われる日が来ると覚悟していた言葉。










「俺、結婚するんだ」











 一度も鮮やかに咲き乱れることなく、
 蕾のまま眠っていた花が


 今 一瞬にして



 枯れ散った。






「……そっ……か」




 わかっていた。


 もう何年も前から、
 君に恋をしたあの日から、

 わかっていた。



 こんな日が必ず来ると。



 覚悟していた。


 だから、大丈夫。
 俺は、笑って言葉を返せる。
 彼のために 精一杯の強がりを見せられる。


 あの頃からずっと作り続けてきた、極上の笑顔で君に
 祝福の言葉を――。





「おめでとう、宮田」







「ありがとう」


 やっと体を離した宮田は、少し恥ずかしいのか不器用な笑顔でそう答えた。


 親友として、俺は精一杯祝った。

 あの頃も、そして今も、
 俺は君の最高の友人である道を選ぶ。

 これを人は臆病だと言うかも知れない。
 失うことを恐れて想いを告げることもできない、弱虫だと言うかもしれない。

 それでも、いい。

 臆病者でも、弱虫でもいいんだ。
 君を困らせずにすむなら。
 君が変わらずに笑ってくれるなら。

 俺は、喜んで臆病者にでも弱虫にでもなる。



 今も昔も、それが俺の――片思いの仕方なのだ。








「じゃあ、詳しい日程決まったらまた連絡しろよ」

「うん。
 また、二人で飲み行こうな」

「うん、また行こ」


 店の前でそう笑い合い、
 俺達は別々の帰路につくために別れの言葉を交わす。

 まるで少年の頃のように……。


「じゃあ、またね」

「またな」



 しかし、あの頃のように「また」の後に「明日」はつかない。

 二人で会うのが卒業式以来だったから、こうして二人だけで別れるのも初めてだった。

 君と初めて「明日」のない別れを告げる。

 もう戻れない。
「明日」のあった日々。


 ―生懸命、精一杯に

 君に恋をした あの日々。




 手を振った。


 すべてに、手を振った。




 そうして俺達は反対の方向へ歩き出す。

 いつの間にかちらほらと雪が降っていて、黒いコートに白い点が舞い降りてはすぐに溶けていった。

 その儚さに自身の想いを重ねて 静かに微笑んだ。



 歩きながら見上げる空は、繁華街のビルに阻まれてとても狭かった。
月さえも見えない。
 とても閉鎖的な空だった。



 16の頃、いつも部活の帰りに君と見上げていた空はもっと広かったのに……。

 君が横にいて、一緒に帰りながら見上げたあの夜空は今はもうどこにもない。
 二度とあの夜空は戻らない。


 これが、自分の選んだ道。

 君を好きになった俺が、自分で選んだ道。

 だから後悔はしていない。
 あの頃、胸を痛めながらも君に恋をしていた自分を
 俺はとても誇りに思う。

 あんなにもひたむきに君を想えたことを、誇りに思う。



「……あれ、目に雪入った……か……な……」



 よかった。

 我ながらよく我慢できた。



 もう、いいよね?


 君はもういないから、

 今だけは一人で少し

 泣いても……許されるよね?







 雪のせいにして、一雫だけ
 散った初恋の痛みを流しても


 罰は当たらないよね。









 あんなにも、


 こんなにも、



 君に恋をした。










 ただただ切ないだけで、
 苦しくて辛いだけで、

 最後までなんの形にも残せなかったけれど、

 それでも

 俺にとっては大切な初恋。






 今、溢れるこの雫は

 初恋の証。













 狭い夜空と舞い降る雪を見ながら

 俺は口元だけで呟いた。








 俺に恋を教えてくれた君へ、








「ありがとう。





――サヨナラ」













――END――
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