恋のはじまりは曖昧で
あー、重いし腰が痛い。
マンションまでが永遠の距離に感じ、タクシーでも乗りたい気分になる。
俯きながら歩き、心の中で泣き言を言っていると誰かに声をかけられた。
「あれ、高瀬さん?」
ハッと顔をあげて周りに視線を向けると、すぐそばの本屋の駐輪場に田中主任の姿があった。
「あ、田中主任」
まさか自分の家の近所で会社の人に遭遇するとは思っていなくて驚いた。
仕事以外で社員の人に会うのは初めてだし。
「こんなところで会うなんて偶然だな。その子、高瀬さんの弟……じゃないよね」
田中主任は私の背後の虎太郎を見て首を傾げる。
「この子は姉の子供で今日一日、頼まれて面倒をみることになったんです」
「そうなんだ。それにしてもいろいろと重そうだね」
「はい、まぁ……」
「車で送ってあげようかと言いたいところだけど、今日は自転車なんだ」
ごめんな、と申し訳なさそうな表情を浮かべる。
田中主任にそんな顔をさせてしまい、逆にこっちが謝らなくてはと思ってしまう。
首を左右に振り、敢えて笑顔を見せて虎太郎をよいしょ、と背負い直した。
「とんでもないです。大丈夫ですから」
「そうは見えないけど。じゃあ、荷物を家まで持ってあげるよ」
「え、でも……」
言うが早いか、田中主任は私が手に持っていたスーパーの袋を自転車の前かごに入れた。