恋のはじまりは曖昧で

はいはい、と適当にあしらっていたら虎太郎は再び歌い出した。
大声で歌うもんだから、すれ違う人たちにクスクスと笑われて私の方が赤面してしまう。

信号が赤で足を止めるたびに虎太郎は田中主任に話しかける。
私の住んでいるマンションに着く頃には、虎太郎は田中主任のことを“こーちゃん”と呼んでいた。

「ここがさあやちゃんのおうちだよ」

「へぇ、俺の住んでるところと近いんだな」

「そうだ!こーちゃんもいっしょにさあやちゃんがつくるハンバーグカレーたべよう」

そうなんですか?と私が答える前に、虎太郎がとんでもないことを言い出して絶句してしまった。

「えっ、俺も?」

いきなりそんなことを言われたもんだから、田中主任も驚いている。
そして、困ったなというような視線を私に向けてきた。

ボケッとしてる場合じゃなかった。
虎太郎に言い聞かせなくちゃ。

「コタ、田中主任も用事があるから無理言ったらダメだよ」

「えー、いっしょにたべれないの?」

「コタ、ワガママ言わないで」

「いやだっ。ボク、こーちゃんとたべたいもん」

明らかにテンションが下がり、私の背中で今にも泣き出しそうな声を出した。
こんなところで泣かれても厄介だし、かと言って田中主任にも迷惑がかかる。

あーもう、何でこうなったのよ!
突然の展開に頭がついていかない。
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