恋のはじまりは曖昧で
そんなことより、田中主任が私の部屋にくることになってしまった。
その方が私にとっては大問題だ。
「主任、すみません。虎太郎が勝手なことばかり言って。何か予定があったんじゃないんですか?」
「いや、特にないよ。本屋に寄って家に帰ろうとしてただけだから」
田中主任は片手で自転車を支え、反対側の手は虎太郎がしっかりと握っている。
「じゃあ、こーちゃんいこう」
「ちょっと待ってな。自転車をとめないといけないし、危ないから手を離してくれる?」
「うん」
虎太郎は素直に返事をし、田中主任の手を離し笑顔を見せている。
ホントに今日は虎太郎に振り回されっぱなしで、疲労困憊だ。
私、きょうだけで五歳は年老いた感じがする。
それだけ、子育てというか子供と接するのは大変なんだなと身をもって知った。
「田中主任、駐輪場はこっちです」
駐輪場に案内して自転車をとめた。
虎太郎は右手で田中主任を、左手で私の手を握って歩き、エレベーターに三人で乗り込んだ。
「散らかってますけど」
カギを開けて1Kの部屋へ田中主任を招き入れる。
玄関を入ってからキッチンを通って8.5畳の部屋へ案内した。
カーテンはベージュの遮光カーテン。
窓を開けると、白いレースのカーテンがふわりと揺れた。