恋のはじまりは曖昧で
田中主任にお酌をしていた女性だ。
この人と接点なんて全くないのに、どうして私に話しかけてくるんだろう。
首を傾げながら口を開いた。
「私ですか?」
「そう。あなた営業事務の子でしょ?」
「はい、そうですけど。あの……何か用でしょうか?」
私がやらかしてしまったんだろうか?
思い当たる節がなく戸惑ってしまう。
「私、経理の森川って言うんだけど、あなたにお願いがあるの」
「お願いですか?」
一体何を言われるのが分からず身構えてしまう。
森川さんは一歩ずつ、私との距離を詰めてきて目の前にやって来た。
「このあと、田中主任を呼び出して欲しいの」
「えっ」
「私、田中主任と二人で話がしたいんだよね。だけど、田中主任はすっかりガードが固くて誰の誘いにも乗っていないのは周知の事実でしょ。そこで、私は考えたの。あなた営業事務で一緒に仕事してるから、少しは融通が利くんじゃないかと思って」
私を利用して呼び出すってこと?
そう言えば、前に薫が私のコネで御三家の人たちと話してみたいと言ってたことがあった。
だけど、あれは冗談だと思っていたのに、実際にそんなことを言う人がいるなんて驚きだ。
仮に私が森川さんの頼みを引き受けて呼び出したからといって、田中主任が来てくれるとは限らない。