恋のはじまりは曖昧で
それに、誰の誘いにも乗っていない主任を連れ出すなんて、騙しているみたいだからやりたくない。
あれこれ考えを巡らせていたら、逆の壁際に追い詰められていた。
「別に私は難しいことを言ってる訳じゃないでしょ?同じ部署のあなたなら田中主任を呼び出すなんて簡単なことだと思うけど」
腕組みをして、背の高い森川さんは私を見下ろしてくる。
威圧的な態度に恐怖しかない。
こういう経験は初めてだから、どうしていいか分からない。
誰でもいいから助けてー!と心の中で叫んでいると、突然聞こえてきた声に弾かれたように視線を向けた。
「こんなところで何してんの?」
「田中主任っ」
森川さんは嬉しそうに名前を呼び、そばに駆け寄って行った。
だけど、田中主任は森川さんをスルーして私の方へ歩み寄ってきた。
「高瀬さん、帰ってくるのが遅いから西野さんも心配してたよ」
気遣うように声をかけてくれた。
「わざわざすみません。ありがとうございます」
「彼女と何かあった?」
田中主任はそう言って森川さんを一瞥した。
『田中主任を呼び出すように言われてました』と本当の事を言える訳もなく、首を左右に振る。
「いえ、何もないです」
「ならいいけど。それじゃあ、戻ろうか」
宴会場に行くように促される。