恋よりもっと。~トモダチ以上カレシ未満~
「元気そうじゃないか」


幾郎は私に言う。

こんな裏路地で声をかけてきことを感じさせない普段通りの口調だ。
不穏さはない。


「相変わらず美人だ」


「………」


皮肉ではないが、誉め言葉にも聞こえない。

いつも整った身なりをしたいた幾郎なのに、シャツはよれ、スラックスはプレスのラインが見えないくらいしわしわだ。

軽くウェーブが入った長めの髪は汗でべっとりと額に張り付き、顔は油でテカテカしている。
甘い雰囲気のたれ目は落ち窪み、顔の陰影を深く見せる。


おしゃれで洗練されていた幾郎はどこにいってしまったのだろう。


「こんなところで何?」


私はじりっと後ずさった。

私の会社近くの路地で出会う偶然なんかない。
私の肩をつかむ理由もない。


「たいした話じゃないよ」


「前置きはいいわよ」


「聞きたいことがあってさぁ」


「なに?」
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