カメカミ幸福論


 小暮は駅へ向かう道から逸れて、どんどん歩いていく。どこに行くんだろう。そろそろ電車乗らないと、終電がやばいんじゃないかな――――――――・・・

 そう思いながらもついていくと、横道に入ってしばらく進んだところで、彼が立ち止まった。それから振り返る。顔は影になっていて、その細かい表情までは判らなかった。

「人前で泣くな」

 小暮の低い声が、そう言った。

 私は目を見開く。狭い路地を、夏の夜の湿度を含んだ風が通り抜けていく。その風が当たった頬が、ひんやりとした。

「・・・泣いて、なんか」

 ようやく言葉が出て、私は呼吸を開始する。泣いてなんかない。何言ってるの、小暮。さっきまで私、笑ってたでしょう?大きな口をあけてさ。

 今やっと出た声だって、泣き声だったりかすれてたりはしてない。

 目の前に立つ小暮が、私をじっと見ていた。

「もうすぐ泣く、そんな顔してる。お前は人前で泣くようなやつじゃないだろ」

 まあ確かに、そんな事出来るほど繊細で可愛らしいキャラじゃないわね。私は小暮から目を反らして自嘲気味にそう思った。

 少し間があく。だけど暫くして、小暮がゆっくりと口を開いた。

「カメが泣くのは俺のせいか?それとも他の野郎のせい?」

 瞬きと同時に、何かが目から落ちた。

 私はのろのろと片手をあげて、自分の頬をなでる。確かにそこは、濡れていた。

 ・・・あらま。そう思った。ただ、あらま、って。何か私、壊れちゃったのかしら、って。


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