カメカミ幸福論
歓声をバックに、私は少し場所を移動する。芝生の広場の真ん中にいれば、誰が近づいてきてもすぐに判ると思ったからだ。ダンの姿は他の人間には見えないけれど、私の声は普通に聞こえる。こっそり草陰から近づかれたら、私は一人でべらべら喋っている変な女だ。
折角最近は「変人」や「使えない」や「お荷物」の名札を返上しつつあるのに、「誰もいないところで独り言を延々と喋っていた女」になるのはちょっと回避したい。
あの公園でのダンの再来の夜、私はダンを見上げてこういったのだ。
「私は、天上世界へは行かないわ、ダン。今のところね」
って。
そして、観察の交換条件であったはずの幸せな記憶についての話をしたのだ。
幸せな記憶は必要ないの。ただ、私が天上世界へ行かなかった場合、あんたが居た記憶は消さないでくれない?って。私の記憶からあんたを消すのは、やめてくれない?って。
ダンはちょっと驚いて返答した。
それは上に聞いてみないと判らない。前例は、聞いたことがない、って。
それでヤツはまた天上世界へ戻っていったのだった。
2週間ほどかかって、再び私の元へ現れたわけだ。
私は確認する。
「じゃあ、あんたが私のところにきてからの6月からの記憶は、消されないのね?」
ダンは頷いた。
「そう。今まであったことは、そのままムツミの記憶の中でしまわれる。神と接触した人間の記憶を修正しないのは例がないそうだが、ムツミが条件を守りさえすればこちらは何もしない」
「どうせ誰に喋ったって、相手にしてもらえないわよ。日本人には無神論者が多いのは知ってる?鼻で笑われるだけだわ」
ダンはふむ、と頷いて、ふわりと私の前に座った。