素顔のキスは残業後に
だから、一度大きく息を吐く。

いつものおまじないは、もう必要ない。心配げに見つめる瞳に笑ってみせた。


「ごめんなさい。だけど柏原さんが……」

「俺が?」


きっと素直にお礼を言っても
また照れ隠しで意地悪なことを言われてしまうだろう。

だから、彼の真似をして少しだけ遠回りをする。


「――らしくなく優しいから、悪いんです。だけど、ありがとうございます」


いま出来る精一杯の明るい声を返すと、私を見つめる瞳が大きく揺れ動いて、
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