素顔のキスは残業後に
そこで一度言葉は止まり、カニしゃぶの湯気が立ち昇る隙間から彼の表情が見える。

頬が柔らかく綻んでいく。唇の端が嬉しそうに引き上がる。
それを隠すように彼は鼻の頭をこすりながら続けた。


「やっぱ、兄貴はすげぇよ。昔からなんでも出来るんだよなって。昔と変わらない声で笑うんだよ。

それで思い出した。一輪車に乗るのも、逆上がりも、勉強も、クラスの誰よりもできるようになった。

それは『アイツに負けたくなかった』そんなつまらないコンプレックスからだと思ってた。

血が繋がってる弟にかよって、自分が情けなかった。
それも少しはあったかもしれない。でもすべてじゃない。


あぁ。俺は、昔もいまも。アイツの前で兄貴ぶって、かっこつけたかっただけなんだなって。
『すげえな兄貴』って。昔みたいにこれからもずっと頼られたかっただけなんだなって。

そんなことに気付くのに10年以上かかった」





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