【B】姫と王子の秘密な関係




俺は豆を挽いて、
コーヒーメーカーにセットすると
朝のお茶の準備をする。 



少しずつ学習したこの営業部の人たちの
コーヒーの好み。


そんな些細なことも覚えて、
気を配れるかどうか、
何気ないことから社会の評価は始まっていく。



この場所は、父親が守り続けてきた大切な場所。


今も父の背中をリアルで追い続けることは出来ないけど、
この場所に関わることで、
俺が追いかけたいものが見つけられるかも知れない。



早谷だから、高崎だから。


本当は……苗字なんて、
どうでもいい些細なことなのかもしれない。


評価されるべきは、苗字ではなくて俺自身だと思うから。


それでも……周囲の評価は、
ダイレクトに苗字に繋がっていくのはある種の有名税。



早谷と言う苗字を得た瞬間から、
俺自身を早谷と言う色眼鏡を通してでしか認識できなくなる。

だからこそ……、今、再びこの父の姓である高崎を名乗れてる間に、
俺は見失ってしまったものを見つけ出して、
早谷の苗字ではなく、
何も持ち合わせていない俺自身の評価を得たいと望み続ける。



コーヒーを淹れ終えた頃には、
すでにかなりの人数が出社していた。



その一人一人に挨拶をしながら、
俺はコーヒーを振舞っていく。




「おはようございます。
 岡崎部長」


部長のデスクにコーヒーを運んでいくと、
部長は目を通していた書類から視線をあげて
俺を捉える。



「高崎君、少しは仕事には慣れて来たかね。
 小川君はどうかね」


小川君はどうかね……。

そう言ってあの人の評価を求められても、
俺自身が、あの人を評価できる立場にはない。


あの人の仕事に対する姿勢に、
相手を気配る姿勢が感じられない。

あの人の思い通りに、相手に押し付けて
出世の為の道具にしている、そんな印象でしか得られるものはない。



「高崎君?」

「いえ。
 小川さんには、いろいろと学ばせて頂いています」



反面教師として……。



心の中、言葉を続けながら。


それと同時に……湧き上がった純粋な評価を
岡崎部長に伝えることが出来なかった俺自身の心に葛藤する。


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