呉服屋の若旦那に恋しました


あの日俺は、桜の命が危ないという電話を貰って、相当動揺していた。

茹だる様な暑さの中、全速力で病院を目指して走っていた。

入り組んだ道が多いこの近辺では、よく車を確認しろとあれほど父に口酸っぱく言われてきたというのに。


買い物帰りの薫さんが、偶然俺を見かけていなければ、確実に俺があの時死んでいた。


「志貴君!!」


……人は精神的ショックが大きすぎる出来事があると、一時的に記憶が欠落すると聞いたことがある。

何度も自分を戒めるためにその時のことを思い出そうとしたが、そこの記憶だけが真っ白で、今でもそれ以降のことを何も思い出せない。

ただ、俺を呼ぶ、喉を引き裂いてしまいそうなほど必死な薫さんの声が、それだけが、今も脳に焼き付いている。



「許さないから……」


薫さんのお葬式が終わって数か月後に会った時の藍さんの顔は、憎悪と悲しみでぐちゃぐちゃだった。

学校帰りに、偶然出くわしてしまった。

俺は、ただひたすら俯いて、藍さんの憎しみを受け止める覚悟でいた。彼女は、そんな俺の顔を無理矢理あげた。


「……許さないから、絶対に。あんた、俺が死ねばよかった、一生かけて償います、ごめんなさいって、お葬式の後泣いて言ってたよね?」


お葬式の時と同じように制服姿の彼女の瞳が、見る見るうちに充血していく。


「……かあさんは、お母さんはっ、償ってもらうためにあんたの命を守ったわけじゃない!!! なんで毎日お暗い顔して、世界一不幸みたいな顔して生きてんのよ!!」

「………」

「私のお母さんに命を助けてもらったんでしょ!? だったら今自分がすべきことはなんなのか考えてちゃんと生きなさいよ!! じゃないと私のお母さんが、報われないじゃないっ……」

「っ……」

「よく考えて発言しなさいよ!! 俺が死ねばよかったなんて、もう2度と言わないでよ!? 今度言ったら私、絶対……絶対あんたのこと許さないから!!!」



―――藍さんの言葉が、鋭いナイフのように胸に刺さって、やっと自分が最低な発言をしたことに気付いた。

彼女が怒るのは当然だった。俺は、なんて、なんてバカなことを言ってしまったんだ。

自己嫌悪でどうにかなってしまいそうだった。

自分がすべきことは、償うとか、罪を背負って生きるとか、そういうものでは無かった。

その行為がどれだけ薫さんと薫さんの家族を悲しませるか、なんで俺は分からなかったのだろう。

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