呉服屋の若旦那に恋しました


そう思って携帯を手に取った。

けれど、今お仕事中だったら迷惑をかけてしまうかも、という思いが私を制した。


今日は生憎の雨で、外からはザーザーという無機質な雨音が聞こえる。

雪柳の葉はもう完全に全て落ちて、寒々しい姿になっていた。

自分の部屋にも布団はあるのに、私は志貴の部屋で寝ることにした。なんだかその方が落ち着くから。


志貴の部屋は、きちんと整頓されていて綺麗。

まるで旅館のようなシンプルで上品なつくりで、部屋にはローテーブルとテレビと座椅子、それから、志貴が仕事をしたり日記を書くためのパソコンデスクと、着物関連の資料が沢山入っている書棚がある。

私は、落ち着かない気持ちをなんとか静めるために、書棚から着物関連の本を1冊取った。


「勉強してようかな……」


なんだか落ち着かないし。

そう思い、私は志貴がいつもいるパソコンデスクに資料を広げた。

その本は、沢山マーカーや付箋が貼られており、志貴の勤勉家な性格がうかがえた。

志貴が、真剣に着物と向き合った跡を、指でなぞる。

志貴の右上がりの美しい文字を見ていると、何だか彼が恋しくて仕方なくなってきた。


「志貴……」


なんだか、志貴のことがもっと知りたくなる。

生まれた時からずっとそばにいるのに、私はまだ彼のほんの一部しか見れていないような気になるのはどうしてなんだろう。

歴代の志貴の彼女と同じように、私もまた彼にハマりすぎて、不安になっているのかな。

そう考えをめぐらすと、私も普通の女なんだな、と思えて、何だか嫌になった。

ふと下に目をやると、パソコンデスクについている引き出しが、今日は珍しく開けっ放しだったことに気づいた。

そこには、志貴が今までずっと書き続けている日記が、全てしまってある。

志貴の歴史が、今、目の前にある。

私は、いけないと分かりつつも、そこに手を伸ばしてしまった。

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