呉服屋の若旦那に恋しました
振動が枕の下から伝わってきて、私は目を覚ました。
寝ぼけ眼のまま手で携帯を探り、着信相手を見た。そこには、木下百合子教授、と表示されていた。
私は随分と連絡を取っていなかった相手からの着信に動揺したが、ゆっくりと画面をタッチした。
「はい、もしもしっ」
「久しぶり近衛さん、元気だった?」
「先生……、ご無沙汰してます。突然でびっくりしました」
木下教授は、私の大学時代のゼミの先生で、就活時も卒論時もかなりお世話になった方だ。
私は理系の学部に所属していたので、卒論の為に何度も実験を繰り返しては失敗し先生に泣きつくということをよくしていた。
木下先生は私の大学でもかなり面倒見の良い先生として有名で、もちろん生徒にもお母さんのように慕われていた。
「近衛さん、噂で今実家に戻ってるようなことを聞いたけど……本当?」
「あ、はい……、正しく言うと実家ではないんですけど、馴染みの家の仕事を手伝ってます」
「そうなの……。あのね、もし良かったらなんだけど、私の旧友が繭を使った美容品の開発をしていてね。と言っても栃木の小さな研究所なんだけど……、もし良ければ、そこで少し助手をしてみない? 近衛さん、もともと研究職希望だったわよね…」
「え……」
「頼んでみたら短期間なら受け入れてもいいって言ってくれて……。次の就活に繋げる為にも、どうかしら? 確か栃木におばあちゃんの家があるのよね? 距離的にも丁度いいと思って……」
――――この家を継ぐって決めたし、婚約も正式にした。だからこの話は断るしか選択肢は無いのに、私はすぐに断れなかった。
神様はなんて残酷なんだろう。
志貴と再会する前にこの話を貰っていたら、私は迷わずその話を受け入れた。
志貴のあの日記を読む前にこの話を貰っていたら、私は迷わずその話を断った。
志貴の過去を知った今、私はー……
「少し、時間をもらってもいいですか?」