喩えその時が来たとしても
 
「はいみなさあん、朝礼に遅れたらバツイチですよ~バツサンになったら私と一緒におトイレの掃除ですからね~」

 馬場めぐみが一言発すると、殺伐としていた空気が一瞬にして和らぐ。そして彼女が言っていたこれも高橋さん方針で決まった現場独自のローカルルールだ。

「めぐみちゃんと一緒なら、便所掃除も悪くないなぁ」

「何言ってるんですかおとうさんは、もおっ!」

 肩にパシンッと一発突っ込みを入れられているのは鈴木電気のこちらも鈴木さん。事務員の鈴木さんをいつも冗談で自分の長女だと言っている、白髪の壮年職人だ。ニコニコと娘にするように馬場めぐみを見て柔和な笑顔を浮かべている。が、俺は知っている。中学高校とバレーボールで鍛えていた彼女のスナップは半端じゃない。軽く平手で打ち抜かれたように見えるその突っ込みは、実は甚大なる衝撃を受け手にもたらすのだ。

 五十肩で右手が上がらない鈴木さんの症状が深刻化するのは目に見えている。いや、逆療法で動きが改善するだろうか。

「いででっ! 肩が外れた」

 前者だったようである。

「はいもう少し間を広げて、運動が出来るように並んで下さぁい。各職の職長さんは前に出てぇえ」

 ラジオ体操の後、各職ごとに人員、作業内容・場所、安全注意事項を発表し、こちらからの伝達事項を伝えて俺達の一日は始まる。


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