下町退魔師の日常
 鬼姫の心の中には、復讐しかない。
 短刀を渡したが最後、殺戮を始める。
 20年前の、あの惨事のように。
 その証拠に鬼姫は、あたしじゃなく短刀しか、その目に入ってはいない。
 それなら、あたしが。
 退魔師である、このあたしが。
 どんなに強かろうが、絶対に。
 鬼姫をーー倒す!!


「待て、マツコ」


 短刀を構え、今にも飛び出しそうなあたしの肩に、久遠くんは手を置いた。
 びくりとして、あたしは後ろを振り向く。


「久遠くん・・・?」


 久遠くんはゆっくりと一歩踏み出して、あたしの前に進み出た。
 短刀から漏れる光に、久遠くんが照らされる。
 それを見て、鬼姫の瞳が驚愕に見開いた。


「久勝・・・さま・・・?」


 短刀を受け取ろうと伸ばした指先が、微かに震えている。
 久勝さま?
 誰よそれ、と聞こうとして久遠くんを見上げる。
 だけど久遠くんは、真っ直ぐに鬼姫を見つめている。


「久遠くん?」


 そんな彼の後ろに立ち尽くしたまま、あたしは動けずにいた。
 短刀と鬼姫を繋いでいた光が、一瞬、久遠くんに降り注いだ・・・ように見えた。
 何、今の?
 あたしが首を傾げていると、久遠くんは信じられない言葉を口にした。


「お待ちしておりました、我が姫よ」


 その言葉に、あたしの心臓がどきんと大きく脈打った。
 何て・・・何て言ったの?


「あぁ・・・本当に・・・久勝さま・・・」


 鬼姫は、震える両手を久遠くんに差し出して。
 それに応えるかのように、久遠くんは鬼姫に一歩、近付いた。
 あたしは何が起こっているのか理解出来ずに、ただただその場から動けないでいる。


「久勝さま・・・久勝さま・・・お会いしとうございました・・・満月の夜を、どれだけ焦がれて待っていた事か・・・」


 短刀から流れ出る光の筋に沿うようにして、久遠くんはゆっくりと進む歩みを止めない。
 そして、光に浮かび上がる光景は、いつもの空き地ではなかった。
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