下町退魔師の日常
 満月の光の中に佇む、姫。
 誰もいない、暗闇での逢瀬。
 許されない恋。
 どれだけ、この日を待ち焦がれた事か。
 あぁ、久勝さま。
 今宵も、約束を守って下さった。
 満月の夜に、この場所で逢おう、と。
 このひとときの為だけに、幾億にも感じられる夜を越えて来たのです。
 姫の心は・・・久勝さまと共に。


「・・・・・・」


 動けないあたしは、鬼姫の心情が、痛いほど理解出来た。
 空き地に浮かび上がる、姫と侍が生きていた時代の映像。
 それと一緒に、鬼姫の心の中までも、あたしに流れ込んでくる。
 久勝さまというのは、侍の事だ。
 満月の夜にここで逢うとの約束を、二人で交わしていたんだ。
 たったひと月の夜を、何億の夜と感じるくらいに、それほどまでに待ち焦がれて。
 久遠くんは、鬼姫の手が届くくらいに、歩みを進めて。
 そして、優しく笑いかけた。


「やっとお会い出来ました。我が姫・・・」


 言いながら、久遠くんは鬼姫の手の中に、その身を預ける。
 抱き合うように立つ二人を見て、あたしは震えが止まらなかった。
 久遠くん。
 何言ってるの?
 あなたは久勝さまじゃなくて、久遠くんなのよ。
 それなのに・・・!


「久勝さま・・・」


 久遠くんは恍惚の表情で、鬼姫を見つめていた。
 そんな風に見つめ合う二人は、悔しいくらいにお似合いのような気がした。


「一緒にいるよ。俺が、ずっと一緒に」


 そう言って、そのまま久遠くんは、鬼姫と一緒にゆっくりと祠に近付いていく。
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