妄想世界に屁理屈を。
それはまるで。
アカネを思う黒庵さんのよう――
「っ、」
キキッと、急ブレーキがかかった。
慣性の法則に律儀に従うからだは、ガクンと前に行こうとし、止まる。
「失礼っ!」
ミサキくんの焦った声と、スズが前に行かないように支える手が見えた。
「な、に?」
“なんだ?”
「申し訳ありません柚邑殿、前方に何やら人が…大丈夫ですか?」
「大丈夫、ミサキくん」
スズを気遣うミサキくんの向こう、窓ガラスを見つめる。
人?
「――」
“え?”
そして。
俺は、否、アカネと俺は。
見てしまったのだ。
“た、タマ?”
前方をよぎる、白髪の影。
ポニーテールに結われた白髪は、車に一瞬たじろぎ、逃げるように駆け出していく。
闇のなかに浮かぶ浮世離れした白髪は、間違いなくタマだった。
止まったままの車の鍵を開け、衝動的に飛び出す。
あまりに勢いよく飛び出したものだから、ごろんと車道に転がりだしてしまった。
幸い、周りに車はない。
県境の山中だからか。