鬼部長の優しい手


「これね、沙耶香さんのグロスなの。」

「…え?」


今、黛実何て言った?
沙耶香さんって…。
だって、どうして黛実が沙耶香さんのこと知ってるの?
いや、もし知ってたとしても、
どうして黛実が沙耶香さんの
グロスを持ってるの?

混乱する私に、黛実はふふっと
笑って説明を続けた。

「…沙耶香さんと部長のことは、
部長本人から聞いたの。
“俺が不甲斐ないばかりに、お前の親友を
七瀬を泣かせてしまってすまなかった”
って、涼穂が出勤してくる前に、
私と山本にそう言って頭を下げてきて…」

「部長…が?」

「うん。」


嘘。部長そんなことしてたの…?
だって部長、私と付き合う前まで、沙耶香さんの名前を出すだけで少し悲しそう
な顔をしてたのに。

私と付き合って変わった

自惚れてるかもしれないけど、
そう考えると、また少し視界が滲む。


「こらこら、泣くのはまだ早い。
ここからよ。大事な話は。」

また泣きそうになる私を見て、
また呆れたように微笑む黛実。


「…このグロスね、沙耶香さんが結婚式
でつけるはずだったグロスらしいの。」

「え、沙耶香さんが…っ?」

黛実のその言葉に、また声をあらげる。

沙耶香さんの、沙耶香さんがつれるはずだったグロス…
どうしてそんなものが、ここに…?

不思議そうな私を見て黛実は
また話し出す。





「部長が結婚するって聞いた沙耶香さんの
お母さんが部長宛に送ってきてくれたんだって。
“娘の選んだ素敵な人が選んだ、
素敵な奥さんになる方にこれを使ってください、と伝えてください。”って、
手紙とグロスを封筒にいれて。」


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