鬼部長の優しい手



トントン。

ガーターベルトをつけ終わり、
さぁ部長のタキシード姿を見に行こうと
立ち上がった瞬間に、扉がなった。


「…七瀬、入ってもいいか?」

「ぶ、部長…っ!」


大好きなその声に慌てて、
扉を開ける。

その瞬間、真っ白なタキシードを着た
部長が視界に飛び込んできた。


「部長…」

「七瀬…」

部長も目を見開き、驚いた様子で
立っていた。


…どうしよう。部長、かっこいい。
素敵ですね、かっこいいです、
そんな言葉をかけたいのに、なぜか
時が止まったように体も、口すら
動かなかった。


「…七瀬、綺麗だ。」

「ぶ、部長こそ、かっこいいです。」



やっとでた一言。
そこからまた動けなくなった。

息を飲むってこういうことを言うんだ。
幸せすぎてなにも考えられない。


涙ぐむ私の頬に触れ、部長は
優しく微笑んだ。


「…もっと他に言いたいことがあるのに、なんでだろうな。
気のきいた言葉が出てこない。」


部長は申し訳なさそうに、ふっと笑い、
そう言った。


気のきいた言葉なんていらない。
綺麗だ、ってその一言だけで
幸せすぎるくらい幸せなんだから。

「綺麗だ、ってそれで充分です。
きっと相手が部長だから。」


私は部長に負けないくらい、
満面の笑みを浮かべ、そう言った。


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