Sweet Rain
ラジオからはもうノイズの音しか聞こえてこなかった。

弟はラジオには興味を示すことなくシートを倒して深い眠りに入ろうとしていた。

「寝るならその前にラジオのチャンネルを変えてくれないか。ノイズなんて聞いたってつまらないんだ」

「どれも一緒だよ、この雨じゃ。賭けたっていいよ」

「どうせ寝るんならチャンネルを変えるくらいのことはしてくれたっていいだろ」

ムダだと思うよ、と言いながら再びラジオのチャンネルを回した。

弟のスイッチを押す仕草を感じながら変化のない雨足に目を留めていると、足元のスピーカーからビートルズの曲が流れ出した。

曲名はわからなかったけれど、とても悲しい曲だった。

聞いたことはあるのに何度考えても思い出すことはなかった。

「これ、知ってる。ビートルズでしょ?」

意外なことに弟が口を開いた。静かにラジオから流れるビートルズに耳をすませていた。

「最近さ、俺も聞きはじめたんだ」

「ビートルズをか?」

「うん。いいね、やっぱり。良いものはいつまで経っても良いね」

「そりゃ、ビートルズだからな」

「うん、色褪せてないよ。全然」

「でも」と弟は続けた。「この曲はあまり好きじゃないんだ」

車は山で囲まれた県道を抜け、人家の立ちならぶ田園の中を走りはじめた。

ラジオからは相変わらずビートルズの曲が流れていた。

「なんて曲だっけ、これ」と訊くと、「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」と答える弟は目を瞑って噛みしめるように聞き入っていた。
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