聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~約束の詩~
序章 親と子
その悲劇がピューアの村を襲い始めて二週間あまり、人々の恐怖と怒りは頂点に達していた。

全ては村近くのプリナートの森に住むという妖怪の仕業だと言いだしたのは誰だったろう。それが誰であろうと、もとより人口500人足らずの小さな村のことであるうえ、人々は昔から森と妖怪を忌み嫌っていたから、瞬く間にその噂は広まってしまった。

人々は群れ集い、村はずれの一人の少年の家へとおしかけた。

妖怪の子と嫌われている少年の家へと。

なぜなら妖怪の住む神殿へは、選ばれた者しかたどりつくことができないと言われているからだ。現に、村人たちは何度も神殿をめざして森に分け入ったが、誰一人としてたどりつくことができなかったのだ。

秋の透き通るような冷たい空気の中、彩り鮮やかな紅葉を見せる森を大行列が行く。

唾を飛ばし声高に語り合う人々の先頭をせっつかれるようにして歩きながら、その少年―フューリィは早くも後悔し始めていた。

―どうしよう…どうすればいい…。

この怒り狂った人々をあの人のところに案内するなど、自分はどうかしている。だが、断ることもできなかった。きっとあの人と話せば、村人たちも皆わかってくれると信じていた。

すべてはあの悲劇のせいなのだ。あの悲劇さえ起こらなければ村の人たちだって、静かに森に住むあの人を特別悪く言うことはなかった。

フューリィにとって、慣れたこの森の小道を行く足取りが、こんなにも重く感じられたことはなかった。吹きわたる清(すが)しい風が、こんなにも身を切り裂くように感じられたことはなかった。

―セラフィム様。

救いを求めるように、フューリィがたったひとりの大切な人の面影を思い浮かべた時、木々の合間に建物が見え始めた。
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