漆黒の花嫁 - リラの恋人 -
「あ‥たし、もう、行きますね」
しばらく呆然としたまま。
あたしはずっとそこにいた。
すごく、
居心地が悪かった。
時を忘れたように抱きしめ合う二人は、とても絵になっていたから。
やっとの事で紡いだあたしの言葉で、ハッとしたようにアードさんが彼女から離れた。
「‥羽織っていろ」
そう言い残して。
目が合ったアードさんは、少し躊躇いながらあたしを見つめていた。
「行くって、どこへ?」
あたしに向けるその視線の意味が、何となく分かったような気がした。
意味もなく、あたしはただ首を左右に振る。
「アードさんは‥ライラさんが言ってた"セルロイの隣国のお金持ち"じゃ、ないんですよね」
確信を持って、あたしはアードさんにそう確認していた。
『姫』と呼ばれる存在を抱きしめ、当たり前のように対等に接する事が出来るんだから。
いくらあたしでも、それくらいの事はわかる。
でも。
アードさんの口から直接真実を教えてほしかった。
アードさんの形良い唇がゆっくりと開き、ごめんと言った。
「ここまで君を偽るつもりはなかった‥言い出す時期を逃したんだ。
‥すまない」
「‥‥‥。」
あたしは黙って首を振った。
「‥俺はアード・ルアじゃない。
本当の名は、アードルニアッシュ・シャンテ・ガラルディアだ」
そう言って、アードさんは小さく微笑んだ。